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どいつもこいつも竜の右目を手に入れたがる……。解せないこの現実に、政宗はこらえきれず眉間にシワを刻んだ。
焚き火が放つやわい光の中で、政宗は手の中の文へと視線を落とす。
松永久秀。記されたその名をとらえた瞳が、ギラリと怒りの光を放った。
豊臣の手によって捕らわれていた小十郎を奪い、拘束している。文が伝えるその内容が事実か否か……。
しかしそれは、今の政宗にとってさして重要なことではない。
小十郎を連れ戻し、豊臣をぶっ潰す。その決意は揺るぎない。だからこそ、たとえこれが自らをおびき出す罠だとしても、政宗は立ち止まる訳にはいかなかった。
「必ず、取り戻す……」
静かな政宗の呟きに、ふと何者かの足音が重なった。
ザリッと砂を踏む物音に顔を上げる政宗へ、少しかすれた低い声がかかる。
「今にもひとりで行っちまいそうなツラァしてるぜ、独眼竜よぉ」
歩み来る男の顔には揶揄するような笑みが浮かぶ。
「西海の鬼……アンタまだ起きていやがったのか……」
政宗のあきれた声を受け止める、西海の鬼こと長曾我部 元親は、たたえた笑みをそのままに、自らも焚き火の前へと腰を下ろした。
「ひとつ聞くが、さっき言った共闘の話、忘れちゃいねぇよなぁ?」
元親の問いは、確かめるというよりも念を押すように政宗へと向けられる。
こたえを待つ元親の笑みをとらえたまま、政宗は手の中の文を雑多に折りたたみ、わずか口の端を上げた。
「Don´t worry 竜に二言はねぇ。アンタの Plan に乗ってやるよ」
松永に対し因縁を持つのは自らも同じだと、共闘を持ち掛けてきた元親から、陰謀や企みは一片として伝わらない。
本心のままに振る舞う。そう映る長曾我部 元親という男に、政宗は不本意にも、にわか自分と同じ空気を感じていた。
奇遇にも鉢合わせた尾張の地にて交えた元親の刃は、政宗の知る誰のものとも違う。
好敵手と認める 真田 幸村とも、全権の信頼で背を預ける小十郎とも。
ただ、一筋縄ではいかない元親との一騎討ちは、右目を奪われ曇天と化していた政宗の内にひととき、心地よく吹きぬけてゆく風を生んだ。
「まぁ、どのみちオレに立ち止まる気はねぇがな」
政宗は、晴れやかな気分で手の中の文を焚き火の中へと投じる。
「俺たちがついていこうがいくまいが、関係ねぇってか」
乾いた笑いを含むその声に、政宗は風に舞う灰を追っていた目を元親へと向けた。
視線を結んだ元親の顔には、鬼と呼ぶには程遠い穏やかな笑みが浮かぶ。
「独眼竜……右目のあんちゃんとは付き合いは長げぇのかい?」
「Ha. 長げぇも何も、アイツはオレの……」
胸中を紡ぐ政宗の声が、おもむろに途絶える。
初陣よりも更にそれ以前から、世話役として政宗を支えてきた小十郎。彼は政宗にとって間違いなく、かけがえのない存在だ。
しかし、それと同時に小十郎はれっきとした伊達軍の副将なのだ。
『伊達軍はもう、誰ひとり欠けさせねぇ……』
人取橋での戦の後、自ら口にした言葉が、政宗の脳裏に蘇る。
(……そう言わせたのはオマエだろ……小十郎……)
その当人が失われるなどという現実を、政宗はけして認めたくはなかった。
突如として言葉と表情を消した政宗の横顔が夜の闇の中、焚き火の灯りによって照らされる。
当然のように常にそばに在った。口五月蝿い小言や、時として度を越した忠誠心も……。
小十郎によってもたらされていたあらゆるものが、政宗の中で急激にかさを増す。
押し黙るそんな政宗の肩に、ふと、元親の手が置かれた。
「やっこさんでなけりゃいけねぇんだな…」
見上げた政宗の視界で、元親がしっとりと微笑む。
多くを語らない元親の姿が、肝心な時、妙に口数を減らす小十郎の姿と重なった。
長らく感じていなかった小十郎の気配。それに似た存在が、政宗の心をつまらせる。
無意識に表情を変えていた政宗の頬に、そっとあたたかいものが触れた。
「……どうした?」
しっくりとこない語調に、政宗は我に返った。
すっくと立ち上がり、振り払うことなく元親の手のぬくもりから身をはなす。
きびすを返し背を向けたまま、政宗はひどく低い響きを吐き出した。
「Be late.…出発は早朝だ」

更新日:2015-09-22 10:05:06

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失うということ 【戦国BASARA二次創作】