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眠りの森

南北戦乱の終結…聖都デスディアにおける【辺境】と【中央】の不可侵宣言より二百年…この南大陸から戦が一掃された、などと上手い具合に行かないのが世の常である。今尚闘争は続く…だが、それは小競り合いとでも言うべき、小さな争いである。
 
ただ…皮肉なのは、その争いの背後にジュス=ディア教の分裂がある事だ。


それは、デスディア建都より5年も俟たずして起こった。

旧来、ジュス=ディアの教えは、全ての生命の平等を説くところにあった。それが魔神であれ、人であれ、獣であれ…当然、獣人であっても、何者が優れているなどと言う事は決してできない、と。裁かれるべきは罪であり、存在ではない。ただし、唯一その教えの中で許されざる者が、魔術師だった。魔神の力を己が物とし、その威を借る全ての行為は、最悪の窃盗と見做された。けれど、それですら責められるものは「行為」であり、懺悔により赦されるものであった。

しかし、魔術師がその術を捨てる事は稀であった。ジュス=ディアより、己の法を信じたからである。そうして、魔術師たちは人里を離れて行った。彼らと共存する道を選んだのは、獣人たちだった。迫害される者同士の同情、そんな奇麗事ではない。獣人たちには彼らを看てくれる医師もなかった。頼れる者は、魔術師しかいなかったのだ。

そして、ジュス=ディアの神官たちは、それを黙認した…自らが説く教えと現実の間にある溝を、その眼で見ていたからだった。


だが、それを許せない者たちがいた。ジュス=ディアの教えを熱烈に信じる者たちは、刃を取った。彼らは【神騎軍】を名乗り、魔術師狩りが起こった。同時に、多くの獣人が殺された。その刃は留まるところを知らず、ジュス=ディアに帰依せぬ魔神へ…延いては人間たちへと波及していく。

とはいえ、熱狂的な暴動が長続きする例はない。神官たちの呼び掛けにより即座に結成された辺境警備軍は、隣接する自治体同士で連絡を取り合い、神騎軍に対抗した。信仰に至らぬ者らにとっても充分に信頼すべき存在であるという事が、ジュス=ディア教の強みだった。無論、魔神たちが黙っている訳もない…如何に神騎軍が武力を持とうと、魔神は不死身なのだ。

こうして、神騎軍の暴発は沈静化するかに見えた…が、そこに権力という誤算が生じた。幾つかの都市は神騎軍に同調し、互いに同盟を結ぶことによって、魔神を放逐することに成功したのだ。斯くして支配権を取り戻した人間たちは、自らを【騎士】と呼び、互いに結び合い、【神聖同盟】という領邦国家を建設した。


現在ジュス=ディア教は、騎士たちが奉ずる【神騎軍派】と、神官が司る【司祭派】に分裂し…辺境西部を司祭派が、東部を騎軍派が占めるという、対立関係にある。

更新日:2023-08-28 02:01:23

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