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【外伝】我ら、勇者未満!① 魔神の章

―ゴゥッ…

天をも揺るがすような音が轟く。ここは魔境の森の底…その内に育まれた村だ。村中に広がる怯えに、1人の少年が駆け出した。

村を離れて数分…魔力に捻じ曲げられた木立の中に、粗末なテントが拵えてある。その中から這い出してきた者の前に、少年は身を投げ出した。

「お上人様!」
「あー…また、か…」

上人、と呼ばれた相手も、また、若者であった。二十歳を少々回った程か、光放つような淡色の髪は、その呼称を証するようである。そして…身を起こすと、並外れて背が高い。僧衣に覆われて尚、鍛え上げられた筋骨の見事さは隠しきれない。何より、その水際立った面貌は、彼の人が貴き生まれにあることを物語る。だが…生き疲れたような眼差しで、上人は森の奥を眺める。

「仕方ない…行って来るか」
「ですが…お上人様…」
「心配は要らんよ。するだけ無駄ってモンだ…村の連中に、そう言っておけ」

軽く手を振り、上人は村の少年に背を向けた。残された少年は、上人の背に手を合わせた。

「お上人様…どうぞ、あの方をお救いください…どうか…」


轟音より2日を過ぎた、魔境の深部。そこは全てを粉砕されたかの如く、荒野になっていた。その中心には、黒い娘が蹲っている。黒い…振り乱した髪も、磨き上げられた肌も、全てが漆黒に染められ…顔と手足の先、それに肩口のみが、浮き上がるように白い。頭頂には双の角、腰にはしなやかな尾…人間ではない。獣人ですらも…ふと顔を上げ、近づき来る者を、彼女は振り返る。何処か作り物めいた、それでいながら人の技を遥かに超越した美貌を歪め、娘はその黒瞳で対手を睨みつける。

「アルジェ…!」

射殺すような眼差しにも臆せず、対手は肩を竦める…村の上人だ。身構える娘に構わず、アルジェ上人は彼女に歩み寄る。

「幾日、過ぎたと思う?」
「…何の話だ!」
「俺が、ここを訪れて…今日で、40日だ」
「何が言いたい!?」

文字通り牙を剥く娘の目の前に、アルジェは右手を広げる。その掌には一線の刀傷…既に治り掛けている。

「40日。傷も癒えた。そろそろ、村へ戻らないか?…ドゥルガ」
「40日…!」

娘…ドゥルガは唇を噛み締める。そして、徐に腰の戦斧を抜いた。アルジェはその様を、ただ眺める。アルジェへと斧を振り下ろす寸前…ドゥルガは膝を折った。

「40日…たった40日!それだけしか、まだ経っていないというのか!」

胸を張り裂くようなドゥルガの慟哭に、アルジェは彼方へと視線を投げた。

「あぁ…そうだな」

更新日:2015-09-11 12:17:27

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