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  ─── 『隼人・・・起きて』

 恭弥の声が、柔らかく名を呼んだ。

 「う・・・ん」

 返事をするが、目が開かない。

 「お帰り・・・」

 いったつもりだったが、言葉にはならなかった。

 『隼人・・・ほら、起きなきゃ』

 ちょっと、困った口調・・・

 『まったく ─── 飲みすぎだよ』

 「わりぃ・・・」

 なんとか、声が出て・・・ぼんやりと目を開ける。

 『ほら、ちゃんと歩いて・・・リビングまで ─── 』

 肩を貸してくれているらしい、その身体を、隼人は抱きしめる。

 「・・・待ってたんだぜ?ずっと・・・」

 『ちょ・・・ちょっと』

 とがめるような声をあげるのも構わずに、隼人は続けた。

 「俺は・・・お前がいないとダメなんだよ!」

 足がもつれ、廊下に倒れ込む。かろうじて、腕の中の身体をかばい隼人はしたたか肩をぶつけた。

 『だ・・・だいじょうぶ!?』

 のぞき込んできたその首を抱え、引き寄せる。甘く、その唇を吸った・・・その時だった。

 「・・・何、してるの?」

 冷ややかな声が、響いた。

 「うん・・・?」

 目を開ける・・・肩の痛みで多少ははっきりした意識と視線が、恭弥ではない姿を認識した。「あ・・・れ?」口の中で小さく呟くのと、状況を把握するのはほぼ同時 ───

 「フゥ太・・・き・・・恭弥?」

 玄関の扉にけだるく寄りかかったまま、それ以上口を開こうとはしない恭弥に、隼人はいやな汗をかき始める。

 「ち・・・違うぞ?これは・・・えーと」

 慌てて、傍らに退いたフゥ太に同意を求めるが・・・生憎、事故のショックでフゥ太の方もパニック状態だ。

 「隼人・・・」

 静かな声に名を呼ばれ、隼人はその場に正座して「はい」と小さく返事した。とにかく、それが精一杯。

 「気が変わった・・・猶予はナシだ。すぐにでも出て行って」

 くるり、と向けられた背に、隼人は言葉を失う。

 「きょうやっ!」

 悲鳴のような声で呼んだが・・・その姿はするりと扉の向こうに消えた。

 「お・・・追いかけなくていいの?」

 ようやく、落ち着いたフゥ太が声をかける。

 「いいんだ・・・もう」

 隼人は力なくうなだれ、つぶやいた。

 「お前も・・・ごめんな」

 痛々しい笑顔に、フゥ太はだまって首を振るしかなかった ─── 。

更新日:2015-08-30 20:31:32

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