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 リビングの扉を開けると同時に、隼人は鼻をひくつかせた。恭弥が夕食の支度をしているらしい・・・

 「恭弥ぁ・・・ただいまぁ。腹減った~」

 まるで、子供のような帰宅の挨拶に、恭弥は苦笑しながら振り返る。

 「・・・おかえり。今日は簡単にパスタにしちゃったけど・・・」

 「んー、お前が作るもんなら、何でも」

 ただいま、とキスをしながら、隼人は恭弥を後ろから抱きすくめる。

 「ついでに、お前も食べたい・・・」

 ふざけ半分、本気半分で耳元に吹き込む。

 「わかった、わかった・・・その手どけないと、いつまでたっても食べれないよ?」

 シャツの下に滑り込ませようとした手を、恭弥は軽く叩き、いなした。
その口調と切り返し方が、いつもより柔らかく感じて、隼人は小首をかしげる。

 「・・・なんか、機嫌良くねぇ?」

 「そう?」

 恭弥はパスタを鍋にぱらりと入れ、くるりと振り返ると隼人にバトンタッチした。

 「あ・・・おいっ!」

 抗議の声を上げるが、恭弥はおかまいなしに冷蔵庫からビールを出し飲み始める。

 「何分茹でりゃいいんだよ?」

 菜ばしでかき混ぜながら、聞いてきた声に、「てきとー」と答え、テーブルに頬杖をつく。隼人はやれやれとパスタのパッケージを確認し、時計を睨む。

 「何かあったのか・・・?」

 「んー、まあね」

 「なになに?」

 「手がお留守だよ・・・もう良い頃じゃないの?」

 云われて、隼人は慌ててパスタを茹でこぼす。

 「ソースは鍋に作ってあるから・・・」

 と云っても、市販のソースに少し手を加えただけなのだが・・・立ち上がった恭弥は、冷蔵庫からサラダを出し、隼人の分のビールを出してやった。

 盛り付けたパスタと共に席に着いた隼人は、身を乗り出す。

 「で?何があった?」

 「 ─── 前にも話したよね?法人化の件・・・」

 「あぁ・・・、うん」

 正直、以前恭弥から聞いた話は、隼人にはちんぷんかんぷんだったのだが・・・曖昧にうなずいた隼人に、恭弥はさして気に留めるでもなくハナシを続けた。

 「あれが、だいぶ話が進んできてね・・・カタチになりそうなんだ」

 恭弥にとっては、良い話だということは理解できる。隼人は素直に笑顔を作った。

 「良かったな」

 「まぁ、問題は山積みだけどね」

 一歩前進かな・・・つぶやいて、恭弥はビールを口に運ぶ。

 後に【並盛風紀財団】となるプランの第一段階である。ディーノの影響で会社経営等を考えていた恭弥だが、どうやら方向性が定まって来たようだ。

 「でね・・・来週末からイタリアに行くコトになったんだけど・・・」

 隼人のフォークが、止まった。

 「 ─── イタリア?」

 うん、とうなずく恭弥の、パスタを口に運ぶ手は止まらない。

 「どれぐらい?」

 「予定は十日・・・」

 むすっ、と食べる作業を再開した隼人は、開けば文句を云うだろう口をパスタでふさぐ。

 「門外顧問とディーノが全面的にバックアップしてくれてね ─── 」

 「ちょっと、待てよ」

 さすがに、隼人は気色ばむ。

 「門外顧問は良いとして・・・なんで、跳ね馬 ─── ?」

 「彼は僕のアドヴァイザーだもの」

 悪びれもせずに言い放った恭弥に、隼人は苛立ちを募らせる。

 「まさかと思うけど・・・」

 「ディーノの屋敷に泊まる予定だから」

 「ふざけんな」

 投げ出したフォークが、皿に当たって耳障りな音を立てる。

 「 ─── 便利なんだよ、何かとね」

 予想通りの隼人の反応に、恭弥は吐息混じりで答える。

 「へぇぇ、食事に、運転手に・・・ついでにベッドの相手にも不自由しないってか?」

 十日程留守にするといわれて面食らったところに、滞在先がディーノの屋敷と聴けば、隼人の心中はおだやかではいられない・・・なぜなら、ディーノは、恭弥の《元・家庭教師》であり《元・恋人》でもあるからだ。

 「云ったよな?・・・あいつに二度とふらつくんじゃねぇって・・・」

 ディーノがらみでトラブったのは、つい数週間前の事だ・・・

 「『わかった』ってあの時、云ったろ? ─── 下心があるなら、君に黙ってるはずだよ?だいたい・・・今回は草壁も同行するし」

 「納得できねぇ」

 残りのパスタを片付け、隼人は立ち上がる。

 「・・・隼人」

 恭弥はほんの少しだけ声を尖らせたが、すぐに諦めの吐息に変えた。

 「 ─── 君が何と云おうと・・・僕は予定変えるつもりはないから」

 乱暴に閉まる扉の音が、返事だった。 

更新日:2015-08-30 20:30:16

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