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京都の黒龍

ちょっと昔話でもしようか。
聞き流してくれて構へんけど。

昔々…そう昔でも無い、つい最近の昔の話。
京都のとある老舗の料亭に、それはそれは別嬪さんの娘さんがおりまして。
気品があるっちゅーか、未だ学生の割には妙な色気もある、大層美しいお嬢さんやったらしい。
らしい…って言うのは、俺は見た事ないからや。
大事に大事に育てられた桐箱入りのお嬢さん、どないなったと思う?
その子には弟がおったさかいに、跡取りは問題ない。
いずれは良縁を貰って嫁ぐんやろうと、誰もが思とった。
そこへ…や。
その店のケツ持ちしとった俺のアニキが…勝手にそう呼んどっただけで何の繋がりもない人やねんけど、そのアニキが、そのお嬢さんを嫁に欲しいって言い出した。
アニキは当時若頭で、親父にも大層見込まれとって、デカいシマも持っとる。
まぁ…当時は誰も逆らわれへんやろなぁ。
そんで可哀想なお嬢さん、分かりましたって二つ返事で承諾したらしい。
そやけど、その代わりに条件があると。
高校は最後まで行かせてくれ、そんで思い出に春休みに旅行させてくれ、って言うたそうや。
そんくらいなら…ってアニキも言うて、旅行には一人で行きたい言うもんやから、一人で行かせたらしい。
卒業式が終わって、お嬢さんは最後の一人旅や。
色々考える事もあるんやろうと、皆んなそっとしといたらしい。
桜が咲いて、散って…八重桜が咲いて、そんでそれも散り終わった頃。
どないしたんやと皆んな騒ぎ始めて、どっかでのたれ死んでんと違うかと不安になり始めた頃、突然お嬢さんから電話が来た。
ご両親は兎に角帰ってこい、嫌やったら断っても良ぇと、泣きながらに言うたそうな。
そんで、そのお嬢さんが言うには…
『赤ちゃん出来ました』
そのつもりは無かったんですけど、最後の思い出のつもりが、帰れなくなりました。こちらで産んで育てます。
そう言うて、ご両親が呆気に取られてるうちに電話は切れてしもうたんやって。

俺が知っとんのは、そこまでや。
アニキが暫く荒れたらしいんと、その店がその後弟が継いで何とかやっとるんは、また別の話や。
そんで俺はと言うと、その頃は未だ産まれても無かったな。
俺はそこそこヤンチャして、裏の人らと関わったりして良い気になっとる悪ガキやった。
その筋の人をアニキとは呼んどったけども、まぁ…自由の身や。
そやけど、何かそこに居辛ぁなって来たもんやから、ふと思い立ってな。
アニキの想い人やった人…見に行ったろか、って思うたんが始まりや。
お嬢さんは子供産みはって、老舗旅館の若女将として頑張ってるって、その後一応は知らせが来たらしい。
アニキは追いかけへんかったみたいや。プライドもあったんやろうな。
そこまで阿呆なオッサンやないから、俺もアニキ言うて後付いて回っとった訳やけど。

そんなこんなで野次馬しに行った俺は…不思議と居心地の良いここに居座り続けてるって訳や。

更新日:2023-02-19 21:51:28

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