- 19 / 78 ページ
第八話 「受け継がれた志」
息子には無理をさせてきたという自覚が、清花にはあった。
救命の仕事に就いていた父親を早くに亡くし、生きていくために必死だった自分の至らない部分を目の当たりにしながら、"良い息子"を演じ続けてくれた正人。
手の掛からない、聞き分けの良い子供の姿というものが、逆に親という立場にある筈の自分自身の在り方に対しては、心に刺さる棘のように小さな痛みを抱えてきたのである。
それでも、良い母親であろうとした行為だけは、自分の中で確かな実感として抱いてきたものだ。
不平不満を抱えたまま息子が生きているなら、それを抱えたままでも生きていけるよう尽力すること。
いつかその胸の内を吐き出す時期が来たら、決して逃げることなく正面から受け止められる覚悟を常に持ち続けようとしたこと。
そして、正人が自分から本当にやりたいことが出来たとしたら、他の誰が何と言おうと味方になろうと決意したこと。
それら全ての行動が、よもや息子を戦場へ送り出すことになるとは思わなかったと言うのが、清花の本音ではある。
抑え込まれた価値観が、身を挺して人々を守る紅の巨人の背中に憧憬を抱かせることになったことは皮肉であった。
その背に父親の面影を幻視したのだろうと、そう思えたからである。
正人の選択の切っ掛けとなったのは切なる祈りか、或いは逃れ得ぬ呪いであったのか。
清花は今なお、その答えを見出すことは出来なかったのである。
久し振りに会った正人は成長こそすれ、この星を旅立ったその日から変わっていない部分があると、清花は思っていた。
それは誰かを助けるために行動するという目的意識の他に、至らない自分に思い悩んでいる部分も含めた話である。
隊長という職責を負ってなおここまでこなしてきたということは、それを乗り越えるだけの自身の努力の他に、仲間たちの協力があってこそだろうと思える。
自分を貫くことと他人に頼ること、集団に於いて事を成すとする中に立っている人間として、その考え方に至った息子の姿は誇らしくあった。
しかし同時に、怪我をして運び込まれた経緯を思えば、正人はその事実に対して誰に語ることも無いまま、自分自身を責めている筈である。
そうした思いそのものは自らの成長の為に必要であり、それを乗り越えるだけの力も持ち合わせていることを疑ってはいない。
それでも母として、気落ちしている息子に助言の1つもしたいと思えるということは、我が家での一人暮らしの中で蓄積してきた、寂しさを実感するということでもある。
清花の口からその言葉が零れたのは、そうした感情に後押しされた結果に違いなかった。
「勇者機兵隊のお仕事は、"命を守るために戦うこと"。そう言ってたわよね、正人」
「……? うん、そうだけど」
正人の表情に浮かぶのは困惑の色であり、問われている物事の本質を理解できていないことは明白である。
そこを敢えて指摘するということを無意識の内に躊躇われるのは、正人の心の最もデリケートな部分に触れるであろうことへの、恐怖の顕れだった。
表面上でどれほど取り繕おうと、離れて生活していたという事実はその距離感を不確かなものにしていたからである。
それでも、正人の選んだ道そのものを肯定してきたことが、ほんの僅かであれ清花の背中を押したのは幸運であった。
「それならきっと、ルーンカイザーには私の前に何度も顔を見せる必要って、無かったと思わない?」
宇宙からの干渉を、僅かな例外を除いて受けてこなかった惑星シルヴァンス。
勇者機兵隊隊長という立場でそういった場所に訪れることはないというのは、故郷に足を運ばなかった正人の姿をみても明らかであった。
そんな中、何度も清花の前に姿を現しては可能な限りの正人の状況を語っていたルーンカイザーの姿は、任務の範疇を越えた行動を繰り返していたと思えても仕方がない。
実際、正人もそう思ったからこそ返答に詰まったのだろう。
「それは……そう、だね」
歯切れの悪いその言葉が、勝手をした自分に対する戒めのようなものに縛られていることを物語っている。
清花は余計な間を与えないように言葉を続けた。
「あの人はどうして、そういうことに気を配ろうと思ったのかしらね」
救命の仕事に就いていた父親を早くに亡くし、生きていくために必死だった自分の至らない部分を目の当たりにしながら、"良い息子"を演じ続けてくれた正人。
手の掛からない、聞き分けの良い子供の姿というものが、逆に親という立場にある筈の自分自身の在り方に対しては、心に刺さる棘のように小さな痛みを抱えてきたのである。
それでも、良い母親であろうとした行為だけは、自分の中で確かな実感として抱いてきたものだ。
不平不満を抱えたまま息子が生きているなら、それを抱えたままでも生きていけるよう尽力すること。
いつかその胸の内を吐き出す時期が来たら、決して逃げることなく正面から受け止められる覚悟を常に持ち続けようとしたこと。
そして、正人が自分から本当にやりたいことが出来たとしたら、他の誰が何と言おうと味方になろうと決意したこと。
それら全ての行動が、よもや息子を戦場へ送り出すことになるとは思わなかったと言うのが、清花の本音ではある。
抑え込まれた価値観が、身を挺して人々を守る紅の巨人の背中に憧憬を抱かせることになったことは皮肉であった。
その背に父親の面影を幻視したのだろうと、そう思えたからである。
正人の選択の切っ掛けとなったのは切なる祈りか、或いは逃れ得ぬ呪いであったのか。
清花は今なお、その答えを見出すことは出来なかったのである。
久し振りに会った正人は成長こそすれ、この星を旅立ったその日から変わっていない部分があると、清花は思っていた。
それは誰かを助けるために行動するという目的意識の他に、至らない自分に思い悩んでいる部分も含めた話である。
隊長という職責を負ってなおここまでこなしてきたということは、それを乗り越えるだけの自身の努力の他に、仲間たちの協力があってこそだろうと思える。
自分を貫くことと他人に頼ること、集団に於いて事を成すとする中に立っている人間として、その考え方に至った息子の姿は誇らしくあった。
しかし同時に、怪我をして運び込まれた経緯を思えば、正人はその事実に対して誰に語ることも無いまま、自分自身を責めている筈である。
そうした思いそのものは自らの成長の為に必要であり、それを乗り越えるだけの力も持ち合わせていることを疑ってはいない。
それでも母として、気落ちしている息子に助言の1つもしたいと思えるということは、我が家での一人暮らしの中で蓄積してきた、寂しさを実感するということでもある。
清花の口からその言葉が零れたのは、そうした感情に後押しされた結果に違いなかった。
「勇者機兵隊のお仕事は、"命を守るために戦うこと"。そう言ってたわよね、正人」
「……? うん、そうだけど」
正人の表情に浮かぶのは困惑の色であり、問われている物事の本質を理解できていないことは明白である。
そこを敢えて指摘するということを無意識の内に躊躇われるのは、正人の心の最もデリケートな部分に触れるであろうことへの、恐怖の顕れだった。
表面上でどれほど取り繕おうと、離れて生活していたという事実はその距離感を不確かなものにしていたからである。
それでも、正人の選んだ道そのものを肯定してきたことが、ほんの僅かであれ清花の背中を押したのは幸運であった。
「それならきっと、ルーンカイザーには私の前に何度も顔を見せる必要って、無かったと思わない?」
宇宙からの干渉を、僅かな例外を除いて受けてこなかった惑星シルヴァンス。
勇者機兵隊隊長という立場でそういった場所に訪れることはないというのは、故郷に足を運ばなかった正人の姿をみても明らかであった。
そんな中、何度も清花の前に姿を現しては可能な限りの正人の状況を語っていたルーンカイザーの姿は、任務の範疇を越えた行動を繰り返していたと思えても仕方がない。
実際、正人もそう思ったからこそ返答に詰まったのだろう。
「それは……そう、だね」
歯切れの悪いその言葉が、勝手をした自分に対する戒めのようなものに縛られていることを物語っている。
清花は余計な間を与えないように言葉を続けた。
「あの人はどうして、そういうことに気を配ろうと思ったのかしらね」
更新日:2015-10-03 23:07:12