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 それから姉弟は部屋に戻り、体を拭いて寝床に潜った。自分たちは夜警担当ではないし、侵入者相手に暴れた後で月見を続行する気にはなれなかった。
「あれだ、オレたちが似合いだから嫉妬した邪魔が湧くんだ。辛いな」
 とは、弟の言。

 夜明け前の一番暑さの和らぐ時間に、姉弟は起床した。部屋を出て夜に戦った場所に行き、転がった二体に近づく。他の兵士たちも何人か来たので、手伝ってもらって崖の外に放り出した。この暑い中置いておくのは不衛生だからだ。暑くならない早朝のうちに、砦外の土に穴を掘って埋めた。

 一仕事終えた後、ラウラが倒木に腰かけて汗と土で汚れた顔を布で拭いていたとき。
「ラウラさん、頑張るんですね」
 死体相手でげんなりしていた少年兵が、感心するようにいたわるように声をかけてきた。
「別に平気よ」
 ラウラは毅然として答える。血も死体も、こういう生活をするならつきものだ。父親の私兵たちに育てられた身の上だから、戦闘だって抵抗がない。弓も剣も子供のころからそばにあった。
「でも妹さんはこんなことしないで済んでるんでしょう」
「……」
 それは何気ない言葉だったが――顔を拭いていたラウラの手は止まった。
 綺麗な服や装身具で身を飾り、戦闘や重労働とは無縁の異母妹。
 彼女には何も恨みはない。昔は何度も会っていたから人柄も知っている。素直でいい子だ。
 母親の身分が違うのだから、向こうは妻の子だから、待遇が違うのも仕方ないとある程度は割り切っている。
 ……どちらかといえば、他人からの憐れみのほうが胸に刺さる。異母妹と比較され、不憫だと思われるのが。

 言ってしまってから気まずくなったのだろう。先程から青かった少年兵の顔は、ますます血の気が引いて見えた。
「あ、あの、ごめんなさい。僕、配慮がなくて」
「気にしてないわ」
「あー、姉貴の相手はオレがするから、お前は部屋に戻って休んで来い」
 居心地悪げに視線を彷徨わせる少年兵の背中を、ヴィトが軽く叩いた。
「じゃ、じゃあそうします。本当に済みませんでした。このお詫びは、きっと」
 罪悪感のせいか曇った顔のままで、少年兵はとぼとぼと砦に戻っていく。
 他の兵士たちも、ラウラに今日の夜は空いているか、後で部屋に来ないかだのと、一言残して次々と帰っていった。朝食の時間が近いのに、砦の外にいたら自分の取り分がなくなってしまうからだ。

 かくしてラウラとヴィトの二人だけが残った。地面を掘り起こしていたせいで周囲は土臭い。付近の高くそびえる木々からは、ちいちいと鳥の鳴き声がする。
「昨夜捕まえた男はどうしてるかしら」
 朝の木漏れ日が差す中、ラウラは弟に尋ねた。
「今頃泣いてるんじゃないか」
 ヴィトはさらりと答えた。捕縛した不審者は監禁されている。日が登ったら、あの不審者がただの盗人か、誰かの密偵か、口を割らせるために兵士たちがあれこれするのだろう。もし兵士たちがやりすぎたなら、ここに運んで埋めようかと、ラウラはぼんやり思った。

「私たちも戻りましょ」
 戦って、食べて、寝て、起きる――それがルッカの崖の常。いずれは父親に呼んでもらってヴィトと一緒に家に帰るが、それはまだ先の話。
 ラウラはすうと息を吸って、木の間から朝の空を仰いだ。雲はない。この様子なら、日中も晴れて暑くなりそうだ。
 今日も洗濯物はよく乾くだろう。

(金色の姉弟・了)

更新日:2015-08-23 14:36:53

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