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 真新しい制服に身を包んだ少年達が、教室から吐き出され、あちらこちらに群れを作る。入学式、オリエンテーションとめまぐるしい1日を終え、ほっと一息といったところか。つい数週間前までは、ランドセルを背負っていた彼らの顔は、まだ幼い。

 「はぁ・・・」

 変声期前の甲高い声ではしゃぐ少年達の群れから少し離れた桜の木の下で、ぶかぶかの制服の肩を落とし、少年が一人、ため息をついた。

 「やだなぁ・・・」

 小さく呟き、またため息をこぼす。その胸元に光る真新しいネームプレートには【月吉 輪(つきよし りん)】とある。

 受験した覚えのない学校からの入学許可証が彼の元に届いたのは、二月も終わりの頃。

 【私立東雲学園】中高一貫教育のこの学園は、男子校ながら、自由な校風が人気で、どちらかといえば問題児が集まる傾向にあるが、比較的進学率も高い。

 隣の市にあるこの学園の存在はもちろん知ってはいたが、輪自身は、同級生たちと一緒に、公立の中学校に普通に進学するつもりだった。

 ましてや、歩いて10分たらずの場所に中学校があるというのに、わざわざ離れた学園で寮生活など、夢にも思わなかったが・・・地方からの生徒も受け入れられるようにと併設された学生寮の、入寮手続きもご丁寧に済まされていた。

 良いことなど一つもない。輪は、断固拒否の構えだったが・・・

 『高校受験、しなくて済むわね』

 母はいたって暢気だった。

 『オレが寮に入っちゃったら、かぁさんここで一人ぼっちになっちゃうんだよ?』

 『ママだって、寂しくないわけじゃないのよ?でも、外泊許可をとれば、いつだって帰って来られるって書いてあるし・・・寮生活って、楽しそうじゃない?』

 書類に目を通しながら、無邪気に言った。

 『それに、「いい経験になる」ってパパなら言うと思うわ』

 数年前に他界した父親が、果たしてそう言うかどうかは疑問だったが、輪には反論するだけの手札が無かった。物心ついたときから、父親は不在がちで、キャッチボールどころか、言葉を交わした記憶もあまりない。

 最後の頼みの綱が切れ、輪は抵抗する間もなく今日の日を迎える羽目になってしまった。

 「オレ・・・ほんとにやっていけるのかなぁ」

 6年間の学生生活は、始まったばかりだ。果てしなく長い道のりに、盛大なため息をついた輪の鼻先に、ひらり、と一片の花びらが舞い落ちた。

 つられるように、見上げた輪の口は「ほわぁ・・・」と間の抜けた感嘆の声を漏らした。

 薄く桜色にけぶるその情景は美しく、今まで、こんな風に桜を見上げたことなど無かったような気さえした。

 ふわりと枝を揺らした風が、花びらをはらはらと降らす。

 思わず手を伸ばし、その平に受けようとしたその時だった。

更新日:2015-07-19 19:58:18

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