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回想  中学校時代 その1

そんな布石があって、私は中学にあがると、何の迷いもなく
卓球部に入りました。

それは、遊び仲間のH君、A君、そしてU君も同じでした。

ちなみに、U君とは卓球だけのつきあい、A君とは釣り仲間で
した。

H君は通っていた小学校のすぐ裏手に家があって、H君の家には
ほとんど遊びに行くことはなく、その代わり小学校の校庭で遊ぶ
ことのほうが多かったのです。

田舎だったせいか、当時の小学校はいつでも自由に校庭で遊ぶ
ことができました。

しかし、中学にあがってからは、みんなめっきり小学校の校庭で
遊ぶ機会が減ったように思います。

というのも、放課後はみんなそれぞれ部活に精を出していたもの
ですから、帰りはいつも暗くなる頃だったからでしょう。


私の通った中学校の卓球部は、顧問に恵まれなかったからなのか
人材がなかったからなのか、いっぱし大会には出場するものの、
たいてい1回戦負けで、だれかれとなく「出ると負けの卓球部」
と言われていました。

たしかに、卓球部の顧問は、卓球のたの字もやったことのない
数学の教師が受け持っていたし、先輩たちもいつも全員顔ぶれが
そろっているわけではありませんでした。

つまり、卓球部の技術レベルは推して知るべしでしたが、基礎
体力づくりに関してはどこからノウハウを受け継いできたのか、
かなりハードなものでした。

私たち新入部員は、まず体育館の中を10周ランニングしてから、
個々に腹筋・背筋・腕立て伏せなどをこなしました。

うろ覚えですが、腕立て伏せは50回、背筋は30回、腹筋は100回
くらいだったと思います。

その当時、スポーツ理論のようなものが確立していたかどうかは
不明ですが、野球部の “ケツバット” が当たり前の時代、
日課の腹筋運動は、“膝をたてずに両足を伸ばしたまま” で
やることになっていました。

腕立て伏せにしろ腹筋にしろ、最初のうちはかなりハードでした
が、慣れてくると存外「へのかっぱ」で、むしろまだまだ鍛え方
が足りないと感じていました。

ちなみに、最盛期は、腕立て伏せ100回、背筋は50回、腹筋は
とびぬけて1000回はできました。

さて、そういった基礎トレーニングが終わると、今度はラケット
を持って素振り1000回、それからフットワークしながらシャドウ
打ちもしました。

ただ、意地の悪い先輩がいるときは、インターバルやらうさぎ
跳びをやらされることがあり、それはさすがにきついなと感じた
ものです。

そのうち、ラケットを持っての素振りでは飽き足らず、1キロとか
5キロの鉄アレイをラケット代わりに素振りをしたり、鉄下駄を
履いて走ったりもしました。

今にして思えば、たぶんに、当時放映されていた「柔道一直線」
に感化されていたのだろうと思います。

まあ、それだけ身体(筋力)を鍛えていたこともあり、私は先輩
たちより速いスマッシュを打てるようになりました。

そんな体(てい)で、毎日毎日身体を鍛えていたわけですが、
それでもなお内心 「もっともっと鍛えなきゃダメだ…」 という
気持ちがあって、実は中学1年のあいだ、ほぼ毎日のように家に
帰ってからもトレーニングをしていました。

そのトレーニングとは、母校の小学校のグランドで何周も走り
こみをしたり、芝生で腹筋やら腕立て伏せをすることでした。

私は、部活が終わる頃、H君に「今日、やるか?」と訊ね、
H君が「うん、やろう」と答えたときは夜のトレーニングに行き
ました。

さすがに、一人っきりでは誰もいない夜のグランドに行く気には
なれませんでしたが、H君が一緒なら怖くないと思ったのです。

何度かA君とU君にも声をかけましたが、二人とも賛同する気は
ないようでした。

部活から自宅に帰って、夕食を済ませてから、夜の7時過ぎくらい
に、自転車で2分~3分のところにある小学校の裏門から校庭に入
り、トレーニング開始です。

H君の家は裏門から歩いて1分なので、先に来ていたり、あとから
来ることもありました。

二人とも何か話すわけでもなく、ただ黙って校庭のトラックを
何周も疾走したり、途中インターバルの真似事をしたり、とに
かく一汗かくまで何らかのトレーニングを続けました。

そして、大抵は校舎の大時計を見て時刻を確認し、9時前には
解散しました。

夜の校庭には、はっきり言って誰もおらず、また、不思議なこと
に宿直の先生に一度も見つかったことはありませんでした。

今にして思うと、なぜ夜が来るたびに、しかもわざわざ小学校の
グランドまで行ってトレーニングなどしていたものか、自分自身
不思議でなりません。

また、H君にしても、なぜか一言も文句を言わずに私の無謀な
トレーニングにつきあってくれていました…。

とにかく、中学1年の頃は勉強はそっちのけで、ほぼ毎晩そんな
無謀なトレーニングを続け、気力も体力も充実した日々でした。

更新日:2015-07-10 10:28:58

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