• 2 / 8 ページ

回想  幼少期

昭和45年前後の話ですが、私が小学5年生~6年生の頃の
放課後の遊びといったら、空き地での石蹴り、缶蹴り、
メンコ、ベーゴマ、鬼ごっこ、かくれんぼ、などなど、
今のご時世からは想像もつかないような放課後を過ごし
ていたものです。

ただ、日曜日に限っては、私は放課後の遊び仲間と離れ
て、別の仲間と近くの河川までハゼ釣りをしに行ったり、
家の近くの堰や沼にマブナを釣りに行きました。

今あらためて思い返してみると、子供ながらも、遊びの
目的ごとに少しずつメンバーが違っていました。

たしか…、小学6年の夏休みだったと思いますが、ベー
ゴマ仲間のひとりH君からこんなことを言われました。

H君 「あした、卓球をしに行ってみないか?
面白いよ。あと、A君とU君も来るってさ…」

小学6年生の私は、卓球とは何か?
を知りませんでした…。

私 「卓球って、何の遊びだい?」

H君 「遊びじゃないよ…、ピンポンのことだよ…」

私はピンポンという言葉は知っていました。というか、
ピンポン玉を知っていました。

以前、誰かがポケットからピンポン玉を取り出し、水飲
み場の弱い噴水の上でピンポン玉がくるくると回るのを
見せてくれたことがあったからです。

ただ、ピンポン玉が球技用のタマだとは知りませんでし
た。

私は、卓球にしろ、ピンポンにしろ、どういうものなの
かよく知りもせずに、

「へぇ~、ピンポンかぁ? おもしろそうだなぁ、
でも…、どこまで行くんだい?」と、念のためH君に訊ね
てみました。

昭和44年にはちょっとした伝書鳩ブームがあり、
私も番い(つがい)の鳩を飼っていました。

ある日のこと、H君が、
『S君の親戚のおじさんが、伝書鳩をくれるんだって。
これから行ってみよう』と言い出し、
それから延々往復10キロ近くも歩くハメになったのを思い
出して、H君にそう聞いてみたのです。

当時の私たちは、高学年とはいえ、まだ自転車に乗ること
を禁じられていました。

つまり、どこへ行くにしても、すべて徒歩だったのです。

H君 「ほら、A君の家のすぐ近くに訓練所があるだろ? 
そこに卓球台があるんだよ」

A君の家は、私の家からは1キロちょっと、小学校からは
500mくらいのところにありました。

A君の家にはよく遊びに行っていたし、近くに訓練所が
あることも知っていました。

ちなみに訓練所とは、今でいうところの高等技術専門校の
ことであり、小学生の私たちは安直に訓練所と呼んでいま
した。

ただ、小学生の目線からすると、ずいぶんと広大な敷地に、
あまり整備されていない赤土のグラウンドがあり、
何かしらの重機があちこちに無造作に置かれていて、
私は、ここはいったい何をするところなのだろう?と常々
思っていました。

校舎は小学校のように開放的ではなく、むやみに部外者
(よそもの)を侵入させるものかといわんばかりに、屹然と
聳えて見えたものでした。

私 「訓練所って、中に入っても怒られないのかい?」

H君 「ああ、U君の知り合いのお兄さんが一緒なら怒
られないみたい…、あと、ちゃんとした打ち方も教えて
くれるんだって…」

私 「へ~、打つのかぁ…」

H君 「大汗をかくらしいから、手ぬぐいを持っていった
ほうがいいかもよ」

そうして翌日、私はH君と一緒にまずはA君の家に寄り、
それから3人で訓練所に向かいました。

その日、訓練所の敷地の中にほとんど人の姿はありません
でした。

それは校舎も同じで、みんなどこへ行っちゃったんだろ
う?と思うくらい誰もいませんでした。

私たち3人は校舎には入らず、中庭の通路を抜けていち
ばん端の一角に行きました。

そこは、外の通路からも出入りができる大きな倉庫の
ような部屋でした。

U君は先に来ていて、誰か見たこともない人と小刻みに
ボールを打ち合っていました。

「へ~、これが卓球かぁ…」

私は、卓球という球技を初めて見たような気がしました。

というのも、その当時は卓球大会のテレビ中継などなかっ
たからです。

おおよそスポーツでテレビ中継があったのは、野球・相撲
マラソン、あとはプロレスくらいなものでした。

はたして、私は、ラケットの持ち方から教わり、卓球では
なく“ピン・ポン” のレベルから始めたのです。

卓球という球技は、端から見ていると簡単そうですが、
いざ卓球台の前に立ってみると、なかなか思ったとおりに
ボールが打てませんでした。

でも、それから何度か同じように訓練所に遊びに行くうち、
いっぱしフォア打ちが出来るようになってくると、幼少な
がら私は卓球というものが面白くて面白くてたまらなくなり
ました。

更新日:2015-07-09 09:55:05

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook