• 1 / 3 ページ

『なんでもない日おめでとう』

 恭弥の誕生日を、一番楽しみにしていたのは、恭弥自身より隼人のほう。

 『どこへ行こう?』『なにが欲しい?』と、まるで子供のようにはしゃいでいた。

 『大したモン、買えねえケド・・・』

 そう言った隼人に、

 『何でもいいよ、君が選んでくれたものなら』

 恭弥は、微笑みを浮かべて答えた。ホントに、何でも良かったのだ。

 10日ほど前から、バイトまで始めるほど、今日という日に入れ込んでいた隼人だったが・・・
 
 「・・・張り合ったって、しょうがないだろ?」

 ため息をついた恭弥の前に、隼人はいない。
 
 代わりにあるのは・・・昼前にディーノから届いた、薔薇の花束。
もちろん、それだけじゃない。

 誕生日プレゼントのメインは、オーダーメイドのスーツにあわせて、靴やカフスに至るまで、まるごと一式。

 仕立ての良さがものがたる、金額は・・・隼人には到底、太刀打ちできぬ額。

 ディーノの、イヤミと未練がたっぷりつまったそのプレゼントを、受け取る、受け取らないで喧嘩になった。

 と、言っても・・・一方的に隼人が騒いだだけだったが。
 
 恭弥にしてみれば、ディーノに突き返すのは造作もないことだったが、それを託された部下のことを思うと、無下にはできなかった。もって帰れば、彼が叱責を受けることになるからだ。

 結局、受け取るだけ受け取って・・・クローゼットに直行させることでその場は収まった。

 だが隼人はプイと出て行ったきり、戻る気配もない。

 【今日】も、残りわずか・・・恭弥のため息だけが、増えていく。

 イタリア語で書かれたカードを指先でもてあそぶ。

 ちょっと癖のある、見慣れた文字。

 離れても、こうして気にかけていてくれる ───

 ディーノからプレゼントが届いた時、正直嫌な気はしなかった。むしろ、嬉しかった。

 傍に居てくれる人ではなかったが、要所要所ははずさない。

 『遠くにいても、想っている・・・』そんなメッセージに支えられた関係だった。
 
 嫌いになったワケじゃない。ディーノより、大切な存在ができてしまっただけだ。

 「・・・隼人」
 
 カードを伏せ、頬杖をつく。

 朝から、そわそわとしていたくせに・・・一体、どこへ行ってしまったのだろう。

 「ぼくが大切に想ってるのは、君だけなのに」

 そんな呟きに応えるように、携帯が鳴った。

 「 ─── 俺」

 ぶっきらぼうな声。

 「今、出れるか?」

 「うん」

 「迎えに行くから・・・支度しとけ」

 迎えにって・・・待ちうけの画面に表示された時間は、すでに11時をまわっている。
 
 「まったく・・・何考えてるんだ!?」

 苛付いた口調で吐き捨てた恭弥だったが・・・上着に袖を通し、玄関で靴を履くと、ちょっと立ち止まった。

 姿見を兼ねた下駄箱の扉を覗き、髪を指先で整える。

 その唇の端が、微笑みの形に上がっていた。
 

更新日:2015-06-18 18:14:02

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

『なんでもない日、おめでとう』