• 4 / 417 ページ

第1章 灼光


 カチャ、カチャ、カチャ、カチャ、と、規則的なリズムで揺れる馬車の留め金をぼんやりと見つめながら、私は今日何度目かのため息をついた。

 それを聞いた母が、私の向かい側の席でつられるようにため息をつく。

「まあ、なんとかなるわ。会えない訳じゃないんですもの」
 私たちの中で一番気落ちしているはずの母が、重い空気を打ち払うように首を振ってから、にっこりと笑顔を見せた。

「掟ですからな。しかたありますまい」
 私の隣で書類の束に目を通していた賢者の塔の使者が、事務的な口調でちらりとこちらを見やる。

 この国には、神の力を持つトゥレニという部族が住んでいる。賢者の塔とは、その力や部族の掟を管理する部署のことだ。母はトゥレニ族の出なのだが、不思議な能力など持っておらず、今までは賢者の塔の監視下から離れた場所で、親子四人で穏やかに暮らしていた。
 それなのに……。

「お父様も一緒だったら……」
 どうにもならないと分かっていながらポツリと呟く。

「あなたのお誕生日には、きっと来て下さるわ。十六になれば、またティサに戻れるんだし」

「あと四回も誕生日を迎えなければお父様と一緒に暮らせないなんて……ううん、エディはあと八回だわ」

 私たちは、父と引き離され、これからは三人だけでトゥレニの町で暮らすのだ。トゥレニの血を引くものは、十六歳までトゥレニの教育を受けなければならない。

 父はティサの町でガルド正教の教会を開いているため、宗派の違うトゥレニに移り住むわけにもいかず、母は少しでも長く家族で暮らせるよう、私たち姉弟の存在を賢者の塔には知らせずにいた。しかし、祖父母が亡くなり、相続云々の問題でトゥレニから母を訪ねてきた役人に、私たち姉弟の存在が知られてしまったのだ。

 祖父母の死を悲しむ間もなく、突きつけられた「掟」。
 十二年も何の縛りもなく自由に暮らしてきた私たちは、もう、トゥレニの人間であることすら忘れかけていた。今更トゥレニに戻り、何を学ぶというのだろう。

「大丈夫、きっとあなたはトゥレニを気にいる。素敵な出会いが待っているわ」
 母の必死の慰めに、愛想笑いすらすることもできず、ただ小さく肩をすくめると、母は「そうね」と、諦めたようにため息をついた。

 弟は、そんな私たちの憂鬱など全く理解していないように、窓にかじりついて景色を楽しんでいる。

「あっ、竜だ! 見て、ほら! クレア、お母さん、あそこ」

 弟の指さす方向にちらりと目をやると、茶色い飛膜を広げた竜が、爪をぐわっと開きながら、崖の合間に広がる草原にぽつんと座した大きな岩に降り立つのが見えた。

「クレア、トゥレニには竜がいっぱいいるんだよ。だって、騎士の人って、みんなトゥレニ族だもん。ぼく、楽しみだなあ。それから、学校も! トゥレニの子供は、みんな学校に入るんだって!」
 弟が無邪気な笑顔を向ける。


更新日:2015-06-10 11:36:45

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook