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第3章 自分にできること


 自分の部屋に荷物を置いて下に降りると、母が一枚の地図を私に手渡した。

「エディの咳が止まらないの。悪いけどそこへ行って、薬をもらってきて頂戴」

 ノートの切れ端に描かれた地図を見てみると、町から外れた場所にポツンとオークレールと描かれた丸印がある。

「『オークレール』? 森の中に、薬屋さんが……?」

「本当の薬屋さんじゃないみたい。今朝アッシュが教えてくれたの。そこの女性の作る飴が、咳によく効くんですって」

 こくりと頷き、ドアを出ると、母が私の腕を引いた。
「待って、いいものが来た」

 母が私の後ろに向かって大きく手を振る。
 郵便馬車だ。

「マーク小父さん!」

 馬車を走らせていた老人が、嬉しそうに手を振り返し、私たちの目の前で馬を止めた。
「シャーリー、帰ってきたのか」

「昨日ね。娘のクレアよ。オークレールさんのところに遣いにやるんだけど、途中まで乗っけてってやってくれる?」

「ああ、いいともさ。だが、ちょいと孤児院に寄り道させてもらうがいいかね」

「ありがとう。帰りがけにうちによって? お礼に奥さんの好きなオレンジパイを焼いておくわ」

「そりゃ楽しみだ」
 老人は、私に手を伸ばし、彼の隣の席に引き上げた。



 馬車に揺られながら、ぼんやりと街を眺めていると、老人がくっくと笑い始めた。
「あんたは、お母さんと違って、物静かだなあ」

 思わず顔を赤らめる。隣にいるのだから、なにか話しかけた方がよかったのかもしれない。

「シャーリーは一人でずうっと話し続ける子だったよ……黙ってろっつっても、五分と持ちゃしない。だから、ティサに行っちまったあとは、町がシーンと寂しくなった。ティサは賑やかだったろう」

 まるで、母がティサを賑やかにしたような言い方だが、あそこは国一番の大きな港がある町だから、母がティサに行く前から賑やかだったはずだ。

「ここはティサとは随分違うだろう、考え方も、雰囲気も」

 こくりと頷く。

「まあ、たまには辛えこともあるかもしれないが、ここもいい町だ」

「……」

「学校へはもう行ったか? 友達は?」

 随分とお節介な人だ。嫌な気はしないけれど。
 私があまり話さないから、話題を探そうとしているのかもしれない。

「少しだけ……まだ、一日目なので、友達って言えるかどうか……みんな年上ですし……」

「ああ、アッシュか? 家が隣だもんなぁ、あの子はいい子だ」

 本当は、アッシュよりもジェレミの方が、友達に近づけた気がするのだが、特に否定はしなかった。
 怖いけれど、確かにアッシュはいい人だ。それから、アリスも。

更新日:2015-06-19 09:07:15

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