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プロローグ
プロローグ
日の落ちた灰色の世界にぼんやりと二隻の船の姿が浮かび上がったとき、大人たちは皆、青い顔でギクリと固まった。
そのうちの一隻では、なにやらチラチラゆれる松明を持った船員が、懸命に合図を送っている。
こちらの船は貨客船なので、数十人の乗客を乗せている。向こうの二隻はこちらに比べ、かなり大きな船だが、乗組員は多くなさそうだ。
へりに集まる大人たちの合間から、一人の少女が、何が起きているのか確かめようと身を乗り出した。褐色の頬にかかる黒髪をかき上げ、目を細めて二隻の船をじっとみつめる。しばらくして、少女よりも少し背の高い少年が、後ろから少女の腕をつかんだ。
「俺の母さんが呼んでる」
少年の後について下に降りると、甲板にいた男たちと同様の深刻な顔をした女性が、三等客室の扉の隙間から、白い腕を出して二人に合図した。 少年とは肌の色こそ違うが、鼻筋の通った面長の顔立ちは、紛れもなく少年の母親であることを証明している。
彼女はあちこちに継ぎ当てのある服を少女に手渡し、グイッと荷物の陰へと押した。
「息子の服よ。着替えなさい」
なぜ自分が男の服を着なければならないのか――
少女が戸惑っているうちに、少年の母親が少女の背中に手を伸ばし、急(せ)かすようにボタンをはずし始めた。
「急いで」
少女から剥ぎ取るようにドレスを奪い、小さく丸めて、周りを見張るように後ろを向いていた少年に手渡す。
「船尾から海に捨てて」
少女は驚いて少年の母親を見つめた。お気に入りの一枚だったのだが、ただならぬ雰囲気に何も言うことができず、ただ彼女に従って着替えを済ませる。
彼女は着替え終わった少女の髪をまとめ、帽子を目深にかぶらせると、周囲を気にしながら、扉を開け、少女を連れて船首に向かった。梯子のような階段で、更に下層に降り、ハンモックの林をくぐり抜けて、積み荷の裏の、緩くたたんで積まれた予備の帆の間に少女を押し込む。
「声を出しては駄目よ」
そこへ、先ほどの少年が周りを気にしながらやってきた。
「ありがとう、こっちへ」
母親が少年を抱きしめる。
「愛してる。愛してる。あなたは、私の自慢の息子よ」
囁きながら唇を少年に押し当て、少年を少女と一緒に座らせる。
「何があっても、何が聞こえても、船が停まっている間は決して出てきてはだめ。耳をふさいでいなさい」
「母さんも一緒に」少年が不安げに母親の腕をつかむ。
「私は、まだやることがある。彼女の部屋の荷物を始末しなければならないの。それが終わったら、別の場所に隠れるから心配しないで」
「俺がやる、母さんは行っちゃだめだ!」
「ああ……。父さんは、勇気も優しさも強さも、すべてをあなたの中に残してくれた。母さんは大丈夫。あなたはしっかりと、このお嬢さんを守るのよ。誇り高き騎士の子として……。大丈夫、上手く行く。母さんを信じて」
母親はもう一度彼の額にキスをすると、空の木箱を彼らの前に押しやり、足早にもといた方へ戻って行った。
船は次第に速度をゆるめ、停止する。
少女は彼女の言ったとおりに耳をふさいだ。しかし、少年は母親の様子が気になるのか、箱の隙間に額を押し付け、外の様子を伺っている。
ガヤガヤとあたりが騒がしくなり、港に着いたわけでもないのに、ドカドカと頭の上からこの船に乗り込む複数の足音が聞こえる。
しばらくして、音のいくつかがギシギシと階段を降り始めた。
プロローグ
日の落ちた灰色の世界にぼんやりと二隻の船の姿が浮かび上がったとき、大人たちは皆、青い顔でギクリと固まった。
そのうちの一隻では、なにやらチラチラゆれる松明を持った船員が、懸命に合図を送っている。
こちらの船は貨客船なので、数十人の乗客を乗せている。向こうの二隻はこちらに比べ、かなり大きな船だが、乗組員は多くなさそうだ。
へりに集まる大人たちの合間から、一人の少女が、何が起きているのか確かめようと身を乗り出した。褐色の頬にかかる黒髪をかき上げ、目を細めて二隻の船をじっとみつめる。しばらくして、少女よりも少し背の高い少年が、後ろから少女の腕をつかんだ。
「俺の母さんが呼んでる」
少年の後について下に降りると、甲板にいた男たちと同様の深刻な顔をした女性が、三等客室の扉の隙間から、白い腕を出して二人に合図した。 少年とは肌の色こそ違うが、鼻筋の通った面長の顔立ちは、紛れもなく少年の母親であることを証明している。
彼女はあちこちに継ぎ当てのある服を少女に手渡し、グイッと荷物の陰へと押した。
「息子の服よ。着替えなさい」
なぜ自分が男の服を着なければならないのか――
少女が戸惑っているうちに、少年の母親が少女の背中に手を伸ばし、急(せ)かすようにボタンをはずし始めた。
「急いで」
少女から剥ぎ取るようにドレスを奪い、小さく丸めて、周りを見張るように後ろを向いていた少年に手渡す。
「船尾から海に捨てて」
少女は驚いて少年の母親を見つめた。お気に入りの一枚だったのだが、ただならぬ雰囲気に何も言うことができず、ただ彼女に従って着替えを済ませる。
彼女は着替え終わった少女の髪をまとめ、帽子を目深にかぶらせると、周囲を気にしながら、扉を開け、少女を連れて船首に向かった。梯子のような階段で、更に下層に降り、ハンモックの林をくぐり抜けて、積み荷の裏の、緩くたたんで積まれた予備の帆の間に少女を押し込む。
「声を出しては駄目よ」
そこへ、先ほどの少年が周りを気にしながらやってきた。
「ありがとう、こっちへ」
母親が少年を抱きしめる。
「愛してる。愛してる。あなたは、私の自慢の息子よ」
囁きながら唇を少年に押し当て、少年を少女と一緒に座らせる。
「何があっても、何が聞こえても、船が停まっている間は決して出てきてはだめ。耳をふさいでいなさい」
「母さんも一緒に」少年が不安げに母親の腕をつかむ。
「私は、まだやることがある。彼女の部屋の荷物を始末しなければならないの。それが終わったら、別の場所に隠れるから心配しないで」
「俺がやる、母さんは行っちゃだめだ!」
「ああ……。父さんは、勇気も優しさも強さも、すべてをあなたの中に残してくれた。母さんは大丈夫。あなたはしっかりと、このお嬢さんを守るのよ。誇り高き騎士の子として……。大丈夫、上手く行く。母さんを信じて」
母親はもう一度彼の額にキスをすると、空の木箱を彼らの前に押しやり、足早にもといた方へ戻って行った。
船は次第に速度をゆるめ、停止する。
少女は彼女の言ったとおりに耳をふさいだ。しかし、少年は母親の様子が気になるのか、箱の隙間に額を押し付け、外の様子を伺っている。
ガヤガヤとあたりが騒がしくなり、港に着いたわけでもないのに、ドカドカと頭の上からこの船に乗り込む複数の足音が聞こえる。
しばらくして、音のいくつかがギシギシと階段を降り始めた。
更新日:2015-06-09 16:35:08