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10分後、写呂久たちは、近くの喫茶店にいた。
「追いかけないんですか?写呂久さん。」
「君、今回の敵を舐めてはいけないよ。やすやすと尾行されるようなヘマはしないさ。わたしはいかにも間抜けだったよ。富永さん。」
「写呂久さん、今回の件、どう考えます?」
富永警部は、アイスコーヒーを飲み干したあと、氷をストローでせわしなくつつきながら、聞いた。
「君、赤い光が、幻覚作用を及ぼすことは、わかっていた。だから、君に頼んで、光を遮る特殊な眼鏡を作ってきてもらったね。だが、敵ながらあっぱれだ。今回の見えざる敵の驚くべき二重構造の前に、我々は屈したんだよ。」
「二重構造?」
「そうだ。我々は、見えざる敵を見たと思っていた。しかし、見えるほうは影で、見えないほうが実は本体だったのだ。我々は間抜けにも、影のほうを追い詰め、影に手錠をかけて、捕まえようとしていたのだよ。その間に本体はスルリ、さ。」
「一体何をおっしゃっているのです?写呂久さん?」
「まだわからないのかい?光の幻覚作用は確かにあった。他の客が意識を失わせられていたのを君も見ただろう。敵は、もう一つ、聴覚に訴えかけ、脳の中枢に働きかけ、身体の機能を麻痺させていたのだよ。人間には聞こえないぐらいの周波数の音を流すことによってね。」
「なんですって?そ、それで身体が動かなかったのですか!!で、あの、客席の女は何者なのです?あの女がハクション中西を拉致したのですな?」
「やれやれ。いくら僕が失敗したとは言え、あの女の正体がわからないほど、衰えてはいないよ。あの女は、心理カウンセラーの山口静子のもとで働いていた受付の女だ。」
「なんですって?それでは、赤い光事件の組織のメンバーだということですか?!」
「ああ。名前は長谷川典子という。身元に怪しいところはないが、それが逆に、今回の敵の狡猾さ、巨大さを感じさせるよ。心理カウンセラーの山口静子とクライエントの水田朋子、他の疾走事件ではない特徴として、この二人は二人とも一気に連れ去られている。そして、君が物理的に不可能と言ったことも、全て、受付の長谷川典子の発言を元にしているだろう。二人とも連れ去られているなら、連れ去る人物、第三者が必要なわけだ。それが長谷川典子だ。」
「し、しかし、もし!長谷川典子が赤い光事件の組織のメンバーなら、なぜ、わざわざ、現場に赤い光があったなどと発言をしたのでしょう?疑われるだけではないですか?」
「君、そこまで愚かだとはね。赤い光がしたと言わなければ、むしろ、即刻、疑いは長谷川典子の証言に向けられるだろう。誰からも見られることなく、姿を消すことは物理的に不可能なのだからね。君の言葉を借りればね。赤い光事件が全国で起きていることを逆に利用したわけさ。」
「そ!その長谷川典子を追いかけましょう!身元がわかっているなら、尻尾を捕まえることができるでしょう!」
「わたしの仲間にそちらはやらせているよ。しかし、無駄だろうな。長谷川典子のつけていた赤いバックルのベルトに気づいたかい?」
「う、な、なんとなく、つけていたような。」
「赤い光はそこから出ていたよ。ルビーだか、ロードライトガーネットだか、わからないが、とにかく赤い宝石が入っていることには違いなさそうだ。もう一度言おう。敵は、我々の思いもよらない科学技術を持っている。」
「写呂久さん!それでは、わたしの息子と娘はどうなるのです?何か、勝ち目はあるのですか!?」
「ひとつ、策がある。きっと、敵を見つける糸口になるだろうと思うよ。そして、残念ではあるが、まだまだ変な奴は、拉致されるだろう。ハクション中西は、僕のにらんだ通り、変な奴だったね。赤い光の組織に拉致されたのは、変な奴として、必要だったのか、はたまた、別の意図があって・・・。」
そこで、写呂久探偵は口を閉じると、冷めてしまったホットコーヒーを流し込んだ。

更新日:2015-05-06 21:59:59

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ベロにちょっとだけあててからかける男