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ここは大阪の西区肥後橋駅からすぐ近くのライブハウス、肥後橋アワーズルーム。ビジネス街といった佇まいの街並みに、ポツンと存在するライブハウス。ぽつりぽつりと雨が降る中、人が集まって来た。
黒を基調としたステージの上では、スタンドマイクが中心で光る。
「本当にこんなことしていて、大丈夫なんですか?」
「まぁ、黙っていたまえ。それよりも、例のものは、持ってきたかい?」
「は、はい。こ、これでいいんですか?」
「うむ、これでいい!もうつけておきたまえ。」
客席の一番後ろで会話をする二人の男。写呂久探偵と富永警部である。
会場内の客の数は、10人程度といったところ。これでは、飯も食えないだろうな、などと、二人が思っているうちに、客席の証明が落とされ、舞台にスポットライトがあてられた。
始まる。
「どーも、ハクション中西でーす。いやー、たくさん集まっていただいて。ありがとうございます。センターマイク一本でやらせてもらってます。ところで、僕はね、“それはわかりますよね星”からやってきた“それはわかりますよね星人”なんですよ。それはわかりますよね?それはわかりますよね?わざわざ地球にまで“それはわかりますよね星”からやってきた理由は、この星を滅ぼすことなんですけど、それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
なんなんだ。この気持ちの悪い漫談は。どこで笑ったらいいのか、全くわからない。そして、客席の誰一人笑っていない。笑わないなら、なぜ集まってきたのだろう。客の気持ちもわからない。富永警部はチラと写呂久探偵を見たが、妙に真剣な顔つきをしている。
「もうすぐ、それはわかりますよね星に帰るんですけど、理由はわかりますよね?トイレですよ。それはわかりますよね?それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
照明がだんだんと暗くなり、一本目の漫談が終わったようだ。こんな気持ち悪いのが一時間も続くのか?富永警部はゲンナリした。私の息子と娘は今どこで何をしているのだろうか。
最悪のことなど、考えたくもない。しかし、脳裏をよぎる嫌な予感はぬぐいされなかった。赤い光事件の黒幕とは、果たして・・・
「どーも、どーも、いつもより多めにどーもと言っております、あらためまして、ハクション中西でーす。先日、天気のいい日に、知らないおじさんが喋りかけてきたんですよ。『こんにちは、いいお天気ですね。雲ひとつない青空ですね』って。僕は、『はい。そうですね』と言いながら、空を見渡したんですよ。確かに雲ひとつないんですよ。で、おじさんが、『じゃあ、さよなら』と、言って、去ろうとしたその時、おじさんの禿頭の後ろから、雲が出てきたんですよ。お前が隠してたんじゃねえか。お前が隠してたんじゃねえか。何が雲ひとつないだ!お前が雲を隠してたんじゃねえか!それはわかりますよね?僕はそれはわかりますよね星から来た、それはわかりますよね星人なんですけど、それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
何を言ってるんだ、こいつは。わたしは息子と娘を連れ去られ、気が気じゃないんだぞ。なぜ、“それはわかりますよね星”
の話を聞かないといけないんだ!なんでこんな気持ち悪い漫談を聞かないといけないんだ!帰りたい!
そう思っていた、その時だった!ロードライトガーネットの赤い光が会場内を包みこんだ。
「来たぞ!君、用心したまえ!」
写呂久が叫んだ。写呂久探偵の叫びの中、客席に座っていた一人の女性がスックと立ち上がり、会場の外へと、出て行った。それに誘われるかのように、ハクション中西は、会場の外へ通じる出口へと、スタスタと歩いていく。客席は、誰一人として、目を開けていない。眠っているようだ。
「お、追いかけましょう!」
と富永警部は叫んだが、次の瞬間、体が動かないことに気づいた。
「く!富永さん!わたしは大馬鹿野郎だよ!間抜けだ!これぐらいのこと!見抜いているべきだった!くそっ!くそっ!体が動かぬ!」
写呂久は叫んだ。富永警部は、写呂久がこれほどまでに感情をあらわにするのを初めて見た。鷲鼻の先まで紅潮しているようだ。頭脳明晰、判断力、俊敏性、いかなる時でも、写呂久探偵は、犯人より上回っていた。その写呂久が、今、出し抜かれている。
これ以上の屈辱はなかった。その頭脳明晰な自慢の脳細胞だけは健全であるものの、四肢の自由を奪われ、目的なる人物が目の前から姿を消すのを、指をくわえて見ているしかないのだから。否、指をくわえることすらできないのだから!
黒を基調としたステージの上では、スタンドマイクが中心で光る。
「本当にこんなことしていて、大丈夫なんですか?」
「まぁ、黙っていたまえ。それよりも、例のものは、持ってきたかい?」
「は、はい。こ、これでいいんですか?」
「うむ、これでいい!もうつけておきたまえ。」
客席の一番後ろで会話をする二人の男。写呂久探偵と富永警部である。
会場内の客の数は、10人程度といったところ。これでは、飯も食えないだろうな、などと、二人が思っているうちに、客席の証明が落とされ、舞台にスポットライトがあてられた。
始まる。
「どーも、ハクション中西でーす。いやー、たくさん集まっていただいて。ありがとうございます。センターマイク一本でやらせてもらってます。ところで、僕はね、“それはわかりますよね星”からやってきた“それはわかりますよね星人”なんですよ。それはわかりますよね?それはわかりますよね?わざわざ地球にまで“それはわかりますよね星”からやってきた理由は、この星を滅ぼすことなんですけど、それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
なんなんだ。この気持ちの悪い漫談は。どこで笑ったらいいのか、全くわからない。そして、客席の誰一人笑っていない。笑わないなら、なぜ集まってきたのだろう。客の気持ちもわからない。富永警部はチラと写呂久探偵を見たが、妙に真剣な顔つきをしている。
「もうすぐ、それはわかりますよね星に帰るんですけど、理由はわかりますよね?トイレですよ。それはわかりますよね?それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
照明がだんだんと暗くなり、一本目の漫談が終わったようだ。こんな気持ち悪いのが一時間も続くのか?富永警部はゲンナリした。私の息子と娘は今どこで何をしているのだろうか。
最悪のことなど、考えたくもない。しかし、脳裏をよぎる嫌な予感はぬぐいされなかった。赤い光事件の黒幕とは、果たして・・・
「どーも、どーも、いつもより多めにどーもと言っております、あらためまして、ハクション中西でーす。先日、天気のいい日に、知らないおじさんが喋りかけてきたんですよ。『こんにちは、いいお天気ですね。雲ひとつない青空ですね』って。僕は、『はい。そうですね』と言いながら、空を見渡したんですよ。確かに雲ひとつないんですよ。で、おじさんが、『じゃあ、さよなら』と、言って、去ろうとしたその時、おじさんの禿頭の後ろから、雲が出てきたんですよ。お前が隠してたんじゃねえか。お前が隠してたんじゃねえか。何が雲ひとつないだ!お前が雲を隠してたんじゃねえか!それはわかりますよね?僕はそれはわかりますよね星から来た、それはわかりますよね星人なんですけど、それはわかりますよね?それはわかりますよね?」
何を言ってるんだ、こいつは。わたしは息子と娘を連れ去られ、気が気じゃないんだぞ。なぜ、“それはわかりますよね星”
の話を聞かないといけないんだ!なんでこんな気持ち悪い漫談を聞かないといけないんだ!帰りたい!
そう思っていた、その時だった!ロードライトガーネットの赤い光が会場内を包みこんだ。
「来たぞ!君、用心したまえ!」
写呂久が叫んだ。写呂久探偵の叫びの中、客席に座っていた一人の女性がスックと立ち上がり、会場の外へと、出て行った。それに誘われるかのように、ハクション中西は、会場の外へ通じる出口へと、スタスタと歩いていく。客席は、誰一人として、目を開けていない。眠っているようだ。
「お、追いかけましょう!」
と富永警部は叫んだが、次の瞬間、体が動かないことに気づいた。
「く!富永さん!わたしは大馬鹿野郎だよ!間抜けだ!これぐらいのこと!見抜いているべきだった!くそっ!くそっ!体が動かぬ!」
写呂久は叫んだ。富永警部は、写呂久がこれほどまでに感情をあらわにするのを初めて見た。鷲鼻の先まで紅潮しているようだ。頭脳明晰、判断力、俊敏性、いかなる時でも、写呂久探偵は、犯人より上回っていた。その写呂久が、今、出し抜かれている。
これ以上の屈辱はなかった。その頭脳明晰な自慢の脳細胞だけは健全であるものの、四肢の自由を奪われ、目的なる人物が目の前から姿を消すのを、指をくわえて見ているしかないのだから。否、指をくわえることすらできないのだから!
更新日:2015-05-04 13:21:54