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ここは都内某所にあるカウンセリングルーム。診察室、とは呼ばず、カウンセリングルームという通称で、精神疾患をもつ患者の心理的抵抗を少しは和らげているものの、やはり、精神科医がいて、必要であれば薬を処方する、そこはいわゆる心療内科と変わらない。
白い壁が四方をかこみ、ルノワールの絵画が3枚、壁にはかかってあり、観葉植物たちがアットホームでくつろげる雰囲気を演出していた。
とはいえ、やはりここは、そういうところ。

カウンセラーの山口静子は、ふぅとため息をついて、コーヒーをぐいと飲み干し、のどの熱さを感じながら、次のクライエントを通した。

次のクライエントは、初めて来訪する女だった。
「こんにちは。わたしは、ここでカウンセラーをしています、山口静子です。ゆっくりしていってくださいね」
「・・・こんにちは・・・」
女の名前は水田朋子。職業は、小学校の教師。地味な服装をし、今時の流行りではないメガネをかけていた。
朋子は指をせわしなく動かしながら、おずおずと話しはじめた。
「あの、わたし、納得いかないんです。」
静子は待った。相手が自然に話をするようにさりげなく誘導する。誘導されたように感じさせることなく、本人は自ら話をはじめたように感じる。そういう誘導ができるかどうか、カウンセラーとしての技量が試されるところなのだ。
たわいない話なども、しながら、徐々に心を開かせる。
15分ほど、色んな話をしたあと、もう一度、朋子は言った。
「あの、わたし、納得いかないんです」
静子はつとめて、何気ない、当たり前の調子で返した。
「朋子さんが納得いかないなんて、よっぽどのことなのでしょうね」
そこから、朋子は味方を得たような顔になり、喋りだした。
「わたし、好きなバンドがいるんです。2人組だから、デュオっていうのかな。静子さんはご存知ないですか?星野ともやANDオタンコマンってバンドなんですけど」
静子は知らなかったが、話をそぐわけにはいかない。
「そうね、なんか、名前は聞いたことあるような気がしますね。多分、わたしが音楽に詳しくないから、本当の音楽好きからしたら、知らない人はいないバンドなんでしょうね。わたしが聞いたことあるぐらいですもの。」
「そ!そうなんです!も、もう!楽曲が、素晴らしいんですよ!あ、あと、パフォーマンスも!あと、見た目とか、そういうのも含めて、もう、最高なんです!メッセージなんですよ!この時代が生んだんです。」
「わぁ、わたし、そういうの、疎いから教えてほしいな。」
「エヘヘ。その、星野ともやANDオタンコマンなんですけど、ファンの間では、ホシンコマンって呼ばれてるんですよ。で、その、なんていうか、わたし、曲がたくさん入ったアルバムを買うんですけど、なんていうか、その、あの、2人とも曲を作れるんですけど、その、いい曲を作るほうにだけお金を払いたいんです。ファーストアルバムはいい曲を作るほうが8曲、あんまりいい曲じゃないのを作るほうが2曲入ってたんです。8曲分しかお金払いたくないんです。だって、あとの2曲には、用がないんですもん。」

更新日:2015-05-04 13:17:21

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ベロにちょっとだけあててからかける男