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「ねえ、ねえ、伊集院さんって、マジックできるんですよね?やってほしいな。わたし、見たーい。」
園田佐知子は甘えた声を出した。
「どこで聞いたの、それ?」
「えへへ。吉村さんが言ってました。」
「あいつか。余計なことを。ふふふ。あいつの誕生日に一度だけ披露したっけな。」
会社の上司であり、密かに佐知子が想いを寄せている伊集院卓也にとってみても、このおねだりに、嫌な気持ちはしなかった。特技を披露できるのは嬉しいものである。吉村とは、伊集院と園田佐知子の共通の友人である。

とは言え、ここは、目黒区にあるオシャレなBAR。特にマジックのタネも仕込んでこなかった卓也は少し逡巡した。トランプぐらいなら、常に持っているのだが。
その時、ふと、視界の隅にとびこんだのは、マスターがデザート用に林檎を切っている姿だった。
「すいません。林檎って、もう一個ありますか?」
マスターは愛想良すぎもせず、ぶっきらぼうでもなく、答えた。
「はい。マジックに使われるのでしょう。どうぞ」
話に参加してくるでもなく、さりげに聞いているもんなんだな、と卓也は妙に感心しながら、マジックを始めた。
「さてさて、それでは、佐知子さん?ここに、タネも仕掛けもない林檎、ハハ、そりゃあ、ないですよね。こちらのBARのマスターからお借りしたばかりの一個の林檎があります。」
「え?これで、できるの?すごーい!」
「さて、ここに、トランプが一組ございます。よく、シャッフルして、一組だけカードを選んでください。」
「ていうか、この林檎、おいしそうー。」
マスターが話に割って入った。
「え、お客様!今、なんと?」
「え?あ、あの、この林檎、おいしそうだと言ったんですけど。」

その時、マスターのつけているベルトのバックルから、ロードライトガーネットの赤い光が発せられ、佐知子の全身を包みこんだ。

「きーっひっひっひっひっひっ!マジックの最中にーっ!林檎おいしそうとか言う奴、変な奴ーっ!いーっひっひっひっ!くきょーっきょっきょっきょっ!むききききーっひっひっひっひっ!変な奴を見つけたあとは、なぜだか、俺は、ラーメンが食いたくなるぜーっ!きーっひっひっひっひっひっ!いひょーっ!ひょっひょっひょっ!ボスに報告だあーっ!いーっひっひっひっ!普通言うかよーっ!マジックの時に使う林檎がおいしそうだと!仮に!思っても!普通、言うかよーっ!?変な奴だーっ!きーっひっひっひっひっひっ!」

更新日:2015-05-04 13:23:39

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ベロにちょっとだけあててからかける男