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第六章

次の日の朝まだ暗いうちから、ハントとマイケルはロスのマンションの前に車を停めて、ロスが出てくるのを待っていた。
やがてタクシーが来るとロスは、大きなスーツケースを引っ張って出てきた。
「あの中に金が入っているんですかね?」
「さあ、始まるぞ、後を付けろ」

空港に着くとロスはチェックインのカウンターとは違う方向に歩き出した。
「まだ近づくな。必ずどこかに金を隠しているはずだ。それをあの大きなスーツケースに入れて預けるつもりだ。手荷物ではX線でひっかってしまうからな。」
ロスが向かったのは貸金庫であった。
金庫の扉を開けると大きな黒いバッグを取り出した。

「いまだ、逮捕しろ。」
マイケルは警察バッジを掲げながらロスに近づいた。
「ギャリー・ロス、盗難の容疑で逮捕する。」
逃げようとするロスに、ハントは体当たりして飛びかかり手錠をはめた。
バッグの中には盗まれた50、000ドルが入っていた。
「この金が、お前が犯人の証拠だよ。」
「チクショウ!」
逮捕されたロスの剣幕はすごいものだった。

「ロスが全部白状したよ。
現金輸送の仕事に就いたのも、初めから金を盗むのが目当てだった。
犯人と見せかける相手をずっと探していたのだが、スタン・ヨークが妻の手術に金が必要なのを知って話を持ちかけた。
ところがスタンは話に乗って来るどころか、そんなことはしてはいけないと止めさせようとした。
自分と同じように戦争帰りの鬱病を病む人間を助けたいと、ロスが犯罪を犯さないように熱心に説得した。
ロスはすっかり説得させられた振りをして、自分の犯行を止めてくれてありがとうと感謝し、二人はアンザック・デーには一緒にパレードへ行く約束をした。
事件の二日前には、強盗の段取りを匂わすような電話を、盗んだ携帯からスタンの携帯にかけた。
事件の日の朝、ロスは銀行から金を引き受けた後、空港へ行って貸し金庫に入れた。
空の車を運転してシェリー・ビーチのパブに行き、スタンに気づかれないようにしながら、5、000ドルをATMに入れるまねをした。
それからスタンがロスと一緒に食べようと持ってきていた、妻の作ったアンザック・ビスケットを二人で食べた。
明日は一緒にパレードに行こうともう一度約束して、スタンが家へ帰るために車に乗り込むところを後ろから撃った。
と、まあこういうことさ。」

「でも金を持って逃げた男はどうなったんですか?」
「そんなものは始めから居なかったのさ。全部ロスの作り話だよ。この事件のジクソー・パズルには、どこにもはまらない余計な一片が混ざっていたと言うことさ。
本当は居ないもう一人の犯人を作り上げれば、警察はその男を捜すのに集注するからね。その間に自分は金を持って海外に出てしまう。金は海外で使ってしまうか隠しておいて手ぶらでかえってくれば、証拠は何もないからな。
なかなか良く考えたプロットだったけれど、アンザック・デーのパレードに出たいがために出発を一日遅らせたのが命取りだったな。
事件の解決は時間との競争さ。警察に自分よりも早く動ける奴が居るってことを知らなかったんだね。」
「一目で真犯人を見抜く目を持ち、狙った獲物は音も立てずに見張り隙を見て食いつく。全くハントさんはホークとスネークですね。」
マイケルは感心して言った。
「さあ、スタンの家内に報告しに行こう。」

「あなた方のおかげで主人の無罪が証明されました。ありがとうございました。」
家内は嬉しさと悲しさの混ざった涙を流しながら、何度もお礼を言った。
「ところでお体のほうはいかがですか?」
「そのことでお話することがあるんです。主人はイギリスに居る主人の姉に私の手術のためのお金を貸してくれるように頼んでいたのです。主人が亡くなったことを義姉に知らせたときにそれがわかりました。義姉はすぐにお金の用意をして送ってくれることになりました。
主人が必ず僕がなんとかすると言っていたのは本当だったのです。」
「それは良かった。ご主人はあなたがおっしゃっていた通りの良い方でした。」

スタンの家を出るとハントは立ち止まって青空を見上げた。
「あの青空には誰も嘘はつけないさ」と分けの解らないことをつぶやくと何故か笑いだした。
「あれハントさんも笑うんですね。」
「俺は事件が解決したら思いっきり笑うんだよ。だから俺にはもう一つあだ名がある。」
「えっ、もう一つのあだ名?それは一体なんですか?」
「クッカバラ(笑いカワセミ)だよ。クワックワックワックワッ」

青空高く掲げられたアンザックの旗が風に揺れ、辺りには、お腹の底から笑うクラーク・ハント刑事の笑い声が大きく響き渡った。

2015年4月18日 01:15AM

更新日:2015-05-17 07:39:00

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人間模様・・・第一話 「一枚よけいなジグソーパズル」