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・・・その年月日時分秒に、〔ボク〕はイトウが保存しておいてくれた〔ボク〕26歳当時の埋め込み作業記録を再生している。彼の作業メモは自動追尾式で、そんな履歴もガベッジコレクションされていく。

人格の基礎関数部が崩落した直後の〔ボク〕は、イトウとの会話がほぼ成立していない。昏睡状態で自然治癒力が最大化し、5-6箇所負っていた傷だの怪我だのが目をみはる速度で修復されてゆくのが、サブモニタのバイタルレコードからわかる。爬虫類性と鳥類性が異常に活性化し、小動物時代由来の恐怖の洪水が並列再生しているため、瞳孔・汗腺・心拍データ等が飛び出したようにおかしな数値域でフリーズしてしまい、一向に平準化しない。それが2-3分続いている。

イトウが〔ボク〕の直感知関数群にデバイスを直結して質問を投げ込む。

--あの世へもどる?こちらに留まる?

質問を投げ込むアクションの前のイトウの身体データが、先にyes/no質問を思いつき、その0.35秒後にイトウの思考がそれを後追いでキャッチし、デバイスをつなぎ、質問を投げ込んでくる。

すべての思考は、無意識からのイベントドリブンだ。このことは21世紀のはじめの20年で常識化していた。自由意志なんてものは人間に存在しない。この世島で生きる人間たちは、思考の8割前後をあの世的存在に操られてフラフラしているにすぎない。それが常識化したために、自分探しとか人生の意味とかが一掃されていった時代、それが21世紀の後半だった。

イトウの身体データがyes/no質問を生成-脳へ伝達したと同時に、〔ボク〕の身体データがno反応を返している。その波はイトウの身体データと同時に作られ、同時に静まる。だからデータモニタは、時系列でグラフィックであるほうが、読みやすいのだ。

--あの世へもどる?こちらに留まる?

その質問への答えはこうだ、

--こちらに留まる

イトウははじめからアウトプットの戻りは期待していなかったものの、ここでは、はじめに思考データグラフを見てから、0.35秒前の双方の身体データに戻る・・・ということをやっている。たぶんイトウがライトソウルについての専門知識を飛躍的に伸ばしたのは、これを認知した直後からだ、と〔ボク〕はいつもこの再生記録を見ながら思う。

そしてイトウの顕在意識がうろうろと「崩落をどう修復するか」という思考をまわしているとき、イトウが無意識にあのレトロなメモ帳を左手でさわるたびに〔ボク〕の身体データが反応するくだりが続く。

メモをさわるイトウ。
一般的にヒトが「それ」と言って何かを指すときの曲線群を生成-沈静させる〔ボク〕。

メモをさわるイトウ。
一般的にヒトが「それ」と言って何かを指すときの曲線群を生成-沈静させる〔ボク〕。

メモをさわるイトウ。
一般的にヒトが「それ」と言って何かを指すときの曲線群を生成-沈静させる〔ボク〕。

3回の繰り返しで、イトウが気づいて「これ?」とメモを指し、〔ボク〕が「それ」という反応を返し、それに対してイトウは12秒考えて、今度はサイグサ先輩のライトソウルへのリンキンデックスをゆびさして「コレ?」ときき、〔ボク〕は「それ」と返す。

そうなのだ。

この記録を何度見直しても、指示を出すのは〔ボク〕の無意識的意識。指示を受け取っているのがイトウの顕在意識。

そうなのだ。

〔ボク〕はサイグサ先輩の関数群で昏睡状態を脱出した。だから、博士課程前期のカリキュラムにわずか4日しか出ないうちに、人格の一貫性を書き換えてしまったのが周囲にバレないように、「大学に来なくなった」。〔ボク〕の最終学歴は、そのため、経済学修士なのだった。

人格と記憶の基礎関数群崩落は、〔ボク〕のミスの結果なのだろうか?それとも、サイグサ先輩か他のだれかの悪趣味な人体実験ありきで、〔ボク〕の無意識的意識そのものが、はじめからその企画者のおもちゃの一部だったのだろうか?

〔ボク〕は時々そんなことに思いをめぐらすために、この記録を再生する。そして大体、もし万が一サイグサ先輩の本体が8年前からイトウという個体を楽しく生きているのだとしても、あのひとはそこに何の意味づけも必要としないのだ。彼はそういう人だ、と〔ボク〕は少しあまずっぱい感覚とともに、心の中でつぶやくことにしている。

4月2日は昔、サイグサ先輩が合衆国で生まれた日だ。ハッピーバースディ、〔ボク〕。

更新日:2015-04-13 19:25:42

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