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第二章、幻の白金城 ?……

 


第三章、幻の白金城





 金の鶏とは、それは一体何んなのか、それを物語るには、先ず長い歴史の頁を捲らなければならない。

 その歴史を綴った。と云う市原順一の書き残したノートの裏側に、申一冊袋綴じした、筆文字で書かれた=覚え書き=と言う書が閉じられている。

 筆者の名前は無く、書は、厚東家の金の鶏に対する、捜索と其の調査記録が綴れている。 念入りに調べた経過が、書き込み修正の多さで、随分汚れも酷く、それを物語っていた。

 この書の書き出しは、こんな文面から始まっていた。



 金の鶏は、西の果て長門の国(山口県)霜降り山の頂に埋蔵され、霜降城(別名・厚東城)の隠された秘宝として、今尚眠る、雄、牝十羽の鶏を象った金の鶏である。と印されている

 この霜降城は、南には近辺随一の大川、厚東川河口の湾が瀬戸内海へ流れ、北側には山陽道と中国山脈の山々が聳え、西は下関に向かって平地が広々と伸び、又東側には、三つの峰からなる霜降山を頂上に、岩国に向かって瀬戸内海へと続いていた。

 治承四年(一一七九年)第七代厚東武光の手により、三峰の中央を本城とし、海に面した南側一峰を「前城」北側の山陸に面した一峰を「後城・別名引地城又は茶臼城」と呼ばれて配置されている。

 恐らく、防長両国の山城の中で、一番最大山城であったと云われる。

 南北朝期の内乱の際は、厚東家は北朝方(足利尊氏)に味方し、当時、山陰側から勢力を伸ばしていた大内弘世は南朝方(後醍醐天皇)に付き、厚東家へと勢力を伸ばしていた。

 延文三年(一三五八年)霜降城は大内軍に攻められ、遂に落城した。

 立地条件が山頂の山城だった為、その後の戦場時代にはそぐわなく、山城攻めに敗北があったと印されている。





更新日:2017-08-03 16:47:04

愛すべき彼女たち =( 財宝と二重死体と生きていた顔は…?)