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嘉医杜(かいと)
犬夜叉達と別れた後、冥加は刀々斎とも「用事があるから」と言って別行動を取っていた。
そして現在、彼はその大豆よりも小さい老体に鞭打って、日が山々の頂の間に沈んでいこうとしている中、一人でとある樹海を訪れていた。
「ふぅーーー、流石に此処まで来るのは骨が折れるのぅ。じゃが、後はもう、あのお方が見つけて下さるのを待つ方が早いじゃろう」
額の汗を拭い、疲れを吐き出そうとでもするかのように大きく息を吐きながら独り言ちると、冥加は近くの地面から顔を出している木の根の上に腰を下ろし、その言葉通り、とある人物が現れるのを待った。
暫くするとーーー
ギギギギギ…………
さして風が吹いているわけでもないのに、突然木々の枝葉がざわめき始めたかと思うと、軋んでいるような鈍い音をさせながら、なんと、なんの変哲もないただの木達が独りでに、まるで王のために整列して道を作り上げる衛兵達のように脇へ避けたのだ。
そして、その奥の方から降って沸いたかのように、一人の青年が姿を現した。
クシャッとした墨のように黒い短めの髪に、その髪色と同じ色彩の中に春の麗らかな日差しを思わせる穏やかな光を灯した瞳。青年と冥加の二人を取り囲む木々の葉に近い深緑色のゆったりとした飾り気の無い地味な着物。その着物の色に良く似合っている、少しきつめの印象を受ける黄色い帯には、短刀と丸みを帯びた棒のようなものが差してある。
不自然なほど音を立てること無く静かに冥加に歩み寄る彼は、一見すると、なかなかの好青年だ。
「やぁ、冥加。久し振りだね」
青年はそのやんわりとした雰囲気を持つ容姿に見合う、草原に吹く風のような爽やかな声を発しながら膝を突くと、柔和な笑みを浮かべて冥加を見下ろした。
「嘉医杜殿、久しいですなー」
と冥加も皺だらけの顔を綻ばせて青年との再会を喜ぶ。
「君がわざわざ自分から此処に来るなんて珍しいね。何か用?」
「いや、ちょっとお聞きしたいことがありましてな……」
「ふぅん……。まぁ、こんな所で立ち話をするのもあれだし、最近かなり物騒なことが起こってるらしいから、取り敢えず俺の家に来なよ。……木達も『此処は危ない』ってさ」
嘉 医杜と呼ばれた青年は、わざとらしく一拍置いてから意味ありげに呟くと、冥加から目を離し、愛嬌のある瞳をいたずらっぽく光らせて、口角を緩めたまま、先程まで冥加が辿ってきた、手入れがされていないために草がぼうぼうと無造作に生えている暗い獣道を見やった。
「な、ならば早く行きましょうぞ!」
「はははっ、そう焦るなよー。冗談だって」
カラカラと陽気に笑いながら嘉医杜は、ビクビクと怯えている冥加に手を差し伸べ、自身の肩に乗せてやった。
嘉医杜が歩き出すと、彼が現れたときと同じように木達が彼の歩調に会わせて新たな道を作っていった。そして彼が通りすぎると、今度は元の位置に戻り、何事も無かったかのようにその場でじっとただの木を演じた。
端から見ると、何とも奇妙な光景だ。だか冥加も嘉医杜も、それがごく当たり前の事であるかのように振る舞っている。
「そういえばさー、最近、此方の方で妖怪が増えてきてるって知ってるかい?」
「うむ、それは儂も耳にしております。なんでも西国で鬼の大群が暴れ始め、妖怪、人間問わず襲っているとか……。先日も殺麗様と闘猛様の元に、牙楊(がよう)様から援軍をお求めになられた文が届いたとか」
「あぁ。それで殺麗の奴、自分一人で行くって言って聞かないんだよねー。全く、折角闘猛さんが本家から援軍を出すって言ったのにさ」
軽く嘆くようにやれやれと言いたげに首を落としつつ、嘉医杜は小さく溜め息を吐いた。
「うーむ……じゃがしかし、殺麗様お一人の力は、千の妖怪にも匹敵すると言われているほどですからなー。御館様以上に仲間の死を悼みなさられる殺麗様がそのように仰られるのも無理もない。しかし、漸く国に戻ってこられたかと思えば、今度は西国に向かうとは……。流石は殺麗様としか言いようがありませんな」
「ははっ、確かに。でも俺としては、もうちょっと休むという事を覚えて欲しいんだけどなー。ほら、体だって実はそんなに強くないじゃん?」
「ですな」
一つ頷いて嘉医杜に賛同すると、今度は冥加が溜まっていた澱を吐き出すように、大きく溜め息を吐いた。
「……何故、殺麗様はいつもお一人で全てを終わらそうとなさるのじゃろうか……?」
「うん……。ほんと、そうだよね」
ポツリと呟いた冥加に、嘉医杜はどこか物憂げな要素を含んだ苦笑を返す。
「よしっ、着いたよ!」
そして現在、彼はその大豆よりも小さい老体に鞭打って、日が山々の頂の間に沈んでいこうとしている中、一人でとある樹海を訪れていた。
「ふぅーーー、流石に此処まで来るのは骨が折れるのぅ。じゃが、後はもう、あのお方が見つけて下さるのを待つ方が早いじゃろう」
額の汗を拭い、疲れを吐き出そうとでもするかのように大きく息を吐きながら独り言ちると、冥加は近くの地面から顔を出している木の根の上に腰を下ろし、その言葉通り、とある人物が現れるのを待った。
暫くするとーーー
ギギギギギ…………
さして風が吹いているわけでもないのに、突然木々の枝葉がざわめき始めたかと思うと、軋んでいるような鈍い音をさせながら、なんと、なんの変哲もないただの木達が独りでに、まるで王のために整列して道を作り上げる衛兵達のように脇へ避けたのだ。
そして、その奥の方から降って沸いたかのように、一人の青年が姿を現した。
クシャッとした墨のように黒い短めの髪に、その髪色と同じ色彩の中に春の麗らかな日差しを思わせる穏やかな光を灯した瞳。青年と冥加の二人を取り囲む木々の葉に近い深緑色のゆったりとした飾り気の無い地味な着物。その着物の色に良く似合っている、少しきつめの印象を受ける黄色い帯には、短刀と丸みを帯びた棒のようなものが差してある。
不自然なほど音を立てること無く静かに冥加に歩み寄る彼は、一見すると、なかなかの好青年だ。
「やぁ、冥加。久し振りだね」
青年はそのやんわりとした雰囲気を持つ容姿に見合う、草原に吹く風のような爽やかな声を発しながら膝を突くと、柔和な笑みを浮かべて冥加を見下ろした。
「嘉医杜殿、久しいですなー」
と冥加も皺だらけの顔を綻ばせて青年との再会を喜ぶ。
「君がわざわざ自分から此処に来るなんて珍しいね。何か用?」
「いや、ちょっとお聞きしたいことがありましてな……」
「ふぅん……。まぁ、こんな所で立ち話をするのもあれだし、最近かなり物騒なことが起こってるらしいから、取り敢えず俺の家に来なよ。……木達も『此処は危ない』ってさ」
嘉 医杜と呼ばれた青年は、わざとらしく一拍置いてから意味ありげに呟くと、冥加から目を離し、愛嬌のある瞳をいたずらっぽく光らせて、口角を緩めたまま、先程まで冥加が辿ってきた、手入れがされていないために草がぼうぼうと無造作に生えている暗い獣道を見やった。
「な、ならば早く行きましょうぞ!」
「はははっ、そう焦るなよー。冗談だって」
カラカラと陽気に笑いながら嘉医杜は、ビクビクと怯えている冥加に手を差し伸べ、自身の肩に乗せてやった。
嘉医杜が歩き出すと、彼が現れたときと同じように木達が彼の歩調に会わせて新たな道を作っていった。そして彼が通りすぎると、今度は元の位置に戻り、何事も無かったかのようにその場でじっとただの木を演じた。
端から見ると、何とも奇妙な光景だ。だか冥加も嘉医杜も、それがごく当たり前の事であるかのように振る舞っている。
「そういえばさー、最近、此方の方で妖怪が増えてきてるって知ってるかい?」
「うむ、それは儂も耳にしております。なんでも西国で鬼の大群が暴れ始め、妖怪、人間問わず襲っているとか……。先日も殺麗様と闘猛様の元に、牙楊(がよう)様から援軍をお求めになられた文が届いたとか」
「あぁ。それで殺麗の奴、自分一人で行くって言って聞かないんだよねー。全く、折角闘猛さんが本家から援軍を出すって言ったのにさ」
軽く嘆くようにやれやれと言いたげに首を落としつつ、嘉医杜は小さく溜め息を吐いた。
「うーむ……じゃがしかし、殺麗様お一人の力は、千の妖怪にも匹敵すると言われているほどですからなー。御館様以上に仲間の死を悼みなさられる殺麗様がそのように仰られるのも無理もない。しかし、漸く国に戻ってこられたかと思えば、今度は西国に向かうとは……。流石は殺麗様としか言いようがありませんな」
「ははっ、確かに。でも俺としては、もうちょっと休むという事を覚えて欲しいんだけどなー。ほら、体だって実はそんなに強くないじゃん?」
「ですな」
一つ頷いて嘉医杜に賛同すると、今度は冥加が溜まっていた澱を吐き出すように、大きく溜め息を吐いた。
「……何故、殺麗様はいつもお一人で全てを終わらそうとなさるのじゃろうか……?」
「うん……。ほんと、そうだよね」
ポツリと呟いた冥加に、嘉医杜はどこか物憂げな要素を含んだ苦笑を返す。
「よしっ、着いたよ!」
更新日:2018-05-27 18:18:01