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遭遇
80.遭遇①
ソンヒョンは、敵国地・ソウルに来ていた。
活気があって明るい街だ。つい先日まで、この明るさが、欺瞞に満ちて鼻持ちならない許しがたいものだった。
しかし、なぜか今は違って見える。自由で、力強くて、未来を感じる。
この地はいつ来ても受け入れてくれる。敵国であっても同胞だけに誰の目にもとまらない。何より人民の危機意識が薄いので、誰にも疑われずにすぐ溶け込める。だから、情報収集活動がやりやすい。
ここには、ソウル人民の意識調査と情報収集のために半年に一度は来ている。だが、今日は定期出向日ではない。気になることがあって出てきたのだ。
ホテルは、いつも決まってロッテホテルだ。ソンヒョンのお気に入りだ。綺麗で新しくて、スタッフも洗練されている。北朝鮮では、首領の住居以外にはあり得ない。
ソウルには、統戦部から各方面に数百人の密偵を送り込んである。情報収集が主な任務だが、一番重要な任務は、統戦部が立案する心理作戦を完璧に遂行完成することである。
ソンヒョンの局からも6人送り込んでいる。その中に、ピルスという部下がいる。韓国の大学を出て、ソウル日報新聞社社会部に勤務している。カバーとしては申し分ない。ピルスは優秀な部下だった。ソンヒョンの懐刀だ。精度が高くて的確な情報を提供してくれる。
先日、ピルスから連絡があった。情報レベルは「通常」となっていた。
連絡には「至急」と「通常」の2種類がある。
「至急」扱いなら、重要度が高く、統戦部に帰還し口頭で直接報告される。
「通常」扱いなら重要度が低く、次回定期出向日に出向したとき、他の報告物と合わせて報告される。つまり「通常」レベルなら、わざわざ連絡することはない。次回報告日を待てばよいのだ。
ところが、ピルスが連絡してきた。
ソンヒョンが定期出向日でもないのにソウルに来たのは、ピルスの連絡に、微妙に何かがひっかかったからだ。
今夜は、ピルスをホテルに呼んである。
<ピンポ~ン>
約束の時間ちょうどに入口のチャイムが鳴った。時間ジャストというのが、ピルスらしい。
「ピルス同志、ご苦労様」
ピルスを迎え入れてソンヒョンが言った。
「ソンヒョン同志、お待たせいたしました」
二人は固く握手した。
「座りたまえ。コーヒー飲むかね」
「ありがとうございます。いただきます」
ソンヒョンは、ホテルにルームサービスを頼んだ。仕事が終わるまでアルコールは飲まない。
「ピルス同志、元気そうだね」
「はい。ソンヒョン同志もお元気そうで何よりです」
「ピルス同志はもう南も長いね」
「こっちに来た当初、つい南と言ってしまって変な目で見られたこともありましたけど」
「そうだね。こっちの人間は自分の国を南とは言わないから」
「ええ。でも、 私も今はすんなり韓国と言えます 」
「さっそくだが、詳しく聴かせてもらおうか、通常レベルってやつを」
ソンヒョンは雑談をしにきたのではない。本題に入った。
「やはりそのことでしたか。<通常>としたのですが、出向いて来られましたね」
ピルスが満足そうに言った。
「なんだ。私を試したのかね」
ソンヒョンは苦笑した。
「いえ、とんでもありません。そうではなく、ソンヒョン同志ならきっとわかって下さると確信していました」
ピルスは、ソンヒョンが来るのを待っていたのだ。
「どうやら、ピルス同志の思いが私に伝わったようだ」
ピルスは、ある情報を入手した。頭の中のどこかで重要度が高そうだとは感じていたが、精度が低く確信がなかった。そこでピルスは、ソンヒョンにその判断をゆだねたのだ。
「では、聴かせてもらおうか」
ソンヒョンがピルスに言った。そのとき、コーヒーが運ばれてきた。ピルスの話は、コーヒーを飲みながら始まった。
ソンヒョンは、敵国地・ソウルに来ていた。
活気があって明るい街だ。つい先日まで、この明るさが、欺瞞に満ちて鼻持ちならない許しがたいものだった。
しかし、なぜか今は違って見える。自由で、力強くて、未来を感じる。
この地はいつ来ても受け入れてくれる。敵国であっても同胞だけに誰の目にもとまらない。何より人民の危機意識が薄いので、誰にも疑われずにすぐ溶け込める。だから、情報収集活動がやりやすい。
ここには、ソウル人民の意識調査と情報収集のために半年に一度は来ている。だが、今日は定期出向日ではない。気になることがあって出てきたのだ。
ホテルは、いつも決まってロッテホテルだ。ソンヒョンのお気に入りだ。綺麗で新しくて、スタッフも洗練されている。北朝鮮では、首領の住居以外にはあり得ない。
ソウルには、統戦部から各方面に数百人の密偵を送り込んである。情報収集が主な任務だが、一番重要な任務は、統戦部が立案する心理作戦を完璧に遂行完成することである。
ソンヒョンの局からも6人送り込んでいる。その中に、ピルスという部下がいる。韓国の大学を出て、ソウル日報新聞社社会部に勤務している。カバーとしては申し分ない。ピルスは優秀な部下だった。ソンヒョンの懐刀だ。精度が高くて的確な情報を提供してくれる。
先日、ピルスから連絡があった。情報レベルは「通常」となっていた。
連絡には「至急」と「通常」の2種類がある。
「至急」扱いなら、重要度が高く、統戦部に帰還し口頭で直接報告される。
「通常」扱いなら重要度が低く、次回定期出向日に出向したとき、他の報告物と合わせて報告される。つまり「通常」レベルなら、わざわざ連絡することはない。次回報告日を待てばよいのだ。
ところが、ピルスが連絡してきた。
ソンヒョンが定期出向日でもないのにソウルに来たのは、ピルスの連絡に、微妙に何かがひっかかったからだ。
今夜は、ピルスをホテルに呼んである。
<ピンポ~ン>
約束の時間ちょうどに入口のチャイムが鳴った。時間ジャストというのが、ピルスらしい。
「ピルス同志、ご苦労様」
ピルスを迎え入れてソンヒョンが言った。
「ソンヒョン同志、お待たせいたしました」
二人は固く握手した。
「座りたまえ。コーヒー飲むかね」
「ありがとうございます。いただきます」
ソンヒョンは、ホテルにルームサービスを頼んだ。仕事が終わるまでアルコールは飲まない。
「ピルス同志、元気そうだね」
「はい。ソンヒョン同志もお元気そうで何よりです」
「ピルス同志はもう南も長いね」
「こっちに来た当初、つい南と言ってしまって変な目で見られたこともありましたけど」
「そうだね。こっちの人間は自分の国を南とは言わないから」
「ええ。でも、 私も今はすんなり韓国と言えます 」
「さっそくだが、詳しく聴かせてもらおうか、通常レベルってやつを」
ソンヒョンは雑談をしにきたのではない。本題に入った。
「やはりそのことでしたか。<通常>としたのですが、出向いて来られましたね」
ピルスが満足そうに言った。
「なんだ。私を試したのかね」
ソンヒョンは苦笑した。
「いえ、とんでもありません。そうではなく、ソンヒョン同志ならきっとわかって下さると確信していました」
ピルスは、ソンヒョンが来るのを待っていたのだ。
「どうやら、ピルス同志の思いが私に伝わったようだ」
ピルスは、ある情報を入手した。頭の中のどこかで重要度が高そうだとは感じていたが、精度が低く確信がなかった。そこでピルスは、ソンヒョンにその判断をゆだねたのだ。
「では、聴かせてもらおうか」
ソンヒョンがピルスに言った。そのとき、コーヒーが運ばれてきた。ピルスの話は、コーヒーを飲みながら始まった。
更新日:2016-08-05 23:44:42