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雄大
6.雄大①
「ちゃ~す!」
昴胤が事務所で新聞を読んでいると、暴力団遠藤組の舎弟企業、遠藤興業の若い衆、雄大が顔を出した。瓶詰めレター事件で一緒に闘った仲間の一人だ。
遠藤興業を仕切っている専務の佐々木に頼まれて、そのとき限りの約束で預かったのだが、昴胤に心酔してしまい、その後も事務所によく顔を出している。昴胤の前にくると、子供のように素直で純朴な青年になるが、遠藤興業の中では、手のつけられない暴れ牛で通っている。雄大が言うことを聴くのは、佐々木のほかは昂胤だけだった。
夕実と二人で口ゲンカしているのを事務所でよく見かけるので、もしかして夕実に気があるのではと思ったが、どうやらそれはないらしい。言ってみれば、二人で昴胤の取り合いをしているようなのだ。
それに関して、昴胤は見て見ぬふりをしていた。
「よお、雄大。久しぶりだな」
昴胤が雄大の顔を見るのは10日ぶりぐらいだった。
「何言ってるんですか所長。ユーちゃん、毎日来てます、コーヒー飲みに」
雄大をにらみつけて夕実がピシャリと言った。雄大が、聞こえないふりをしている。
「うちは喫茶店じゃないぜ」
雄大の顔を見て、昴胤が笑いながら言った。
「もっとピシッと言ってくださいよ。私の言うことなんて全然聞かないんだから」
夕実が仕事の手を止め、昂胤のほうを向いた。
「コーインさん、俺、コーヒーを自分で淹れてるんすよ。夕実ちゃんが淹れてくんないから」
雄大が、すねたような言い方をした。
「なんであんたなんかのために私が淹れなきゃなんないのよ!」
雄大を睨みながら、夕実が毅然と言う。
「淹れてくれたっていいじゃねえかよ」
乱暴者でとおっている雄大も夕実が苦手なようで、あまりきつく言い返せない。しかし、ほうっておいたらまだ続きそうだ。
「雄大、こっちに来て座れ。夕実、コーヒー頼む」
声をかけて、昂胤が応接室に移動した。雄大がついてきた。
「哲さんは元気か」
雄大に訊いた。佐々木哲夫には、親しくしてもらっている。
「はい。専務は相変わらずっすよ。本家の絞りがきついんで、俺たち毎日残業っす」
残業という言葉がおかしくて吹き出すと、雄大が言った。
「コーインさん、笑わないでくださいよ。いま俺たちの業界、ホント厳しいんすから」
「残業なんて言葉を使うから」
笑いをかみ殺して昂胤が言うと、雄大は、頭をかきながら話題を変えた。
「コーインさん、何かおもしろいことないっすか」
そこに夕実がコーヒーを持ってきた。ちゃんと二つある。このあたりの呼吸は、夕実はよく心得ている。
「おぉ、夕実ちゃん、俺の分も淹れてくれたんだ!」
感動したように雄大が言った。どちらに言うともなく「どうぞごゆっくり」と言って、夕実は出ていった。
「瓶詰レター事件から、まだ1年しか経ってねえんすねえ。もう大昔のようっす。あんときゃ、はじけましたねえ」
雄大が、コーヒーカップに手をのばしながら言った。
昂胤は、教官の話を思い出していた。葵と三人で飲んだ翌日、アンダーソンは北京に行った。
アンダーソンが繰り返し言った。ダンが何かしでかしそうだと。どうやらアンダーソンは、先手を打って主な卒業生をまわるようだ。所在がわかっているなら、電話で済ませられないのか。卒業生は全世界に居る。ほとんどつかまらないのでは、と昂胤は思っていた。
何かはわからないが、間に合うのだろうか。
「コーインさん、何考えてるんすか」
昂胤は、思考を中断された。
「ああ。ちょっと気になることがあってな」
雄大が顔をのぞきこんできた。
「何かあったんすか」
「いや。お前には関係ない話だ」
「コーインさん、俺も仲間に入れてくださいよ。置いてけぼりは、なしっすよ」
勘のいい男だ。昂胤の顔から、いつもとは違う何かを感じとったのかもしれない。
「哲さんに、近いうち飲みに行こうぜって言っといてくれ」
昂胤は、話題を変えた。
「あ、なら、俺もお供しま~す」
「来なくていいぜ、おまえは」
「そんな冷たい…。絶対ついていきますよ」
それから10分ほどくだらない話しをしていたが、仕事だと言って雄大が帰った。
「ちゃ~す!」
昴胤が事務所で新聞を読んでいると、暴力団遠藤組の舎弟企業、遠藤興業の若い衆、雄大が顔を出した。瓶詰めレター事件で一緒に闘った仲間の一人だ。
遠藤興業を仕切っている専務の佐々木に頼まれて、そのとき限りの約束で預かったのだが、昴胤に心酔してしまい、その後も事務所によく顔を出している。昴胤の前にくると、子供のように素直で純朴な青年になるが、遠藤興業の中では、手のつけられない暴れ牛で通っている。雄大が言うことを聴くのは、佐々木のほかは昂胤だけだった。
夕実と二人で口ゲンカしているのを事務所でよく見かけるので、もしかして夕実に気があるのではと思ったが、どうやらそれはないらしい。言ってみれば、二人で昴胤の取り合いをしているようなのだ。
それに関して、昴胤は見て見ぬふりをしていた。
「よお、雄大。久しぶりだな」
昴胤が雄大の顔を見るのは10日ぶりぐらいだった。
「何言ってるんですか所長。ユーちゃん、毎日来てます、コーヒー飲みに」
雄大をにらみつけて夕実がピシャリと言った。雄大が、聞こえないふりをしている。
「うちは喫茶店じゃないぜ」
雄大の顔を見て、昴胤が笑いながら言った。
「もっとピシッと言ってくださいよ。私の言うことなんて全然聞かないんだから」
夕実が仕事の手を止め、昂胤のほうを向いた。
「コーインさん、俺、コーヒーを自分で淹れてるんすよ。夕実ちゃんが淹れてくんないから」
雄大が、すねたような言い方をした。
「なんであんたなんかのために私が淹れなきゃなんないのよ!」
雄大を睨みながら、夕実が毅然と言う。
「淹れてくれたっていいじゃねえかよ」
乱暴者でとおっている雄大も夕実が苦手なようで、あまりきつく言い返せない。しかし、ほうっておいたらまだ続きそうだ。
「雄大、こっちに来て座れ。夕実、コーヒー頼む」
声をかけて、昂胤が応接室に移動した。雄大がついてきた。
「哲さんは元気か」
雄大に訊いた。佐々木哲夫には、親しくしてもらっている。
「はい。専務は相変わらずっすよ。本家の絞りがきついんで、俺たち毎日残業っす」
残業という言葉がおかしくて吹き出すと、雄大が言った。
「コーインさん、笑わないでくださいよ。いま俺たちの業界、ホント厳しいんすから」
「残業なんて言葉を使うから」
笑いをかみ殺して昂胤が言うと、雄大は、頭をかきながら話題を変えた。
「コーインさん、何かおもしろいことないっすか」
そこに夕実がコーヒーを持ってきた。ちゃんと二つある。このあたりの呼吸は、夕実はよく心得ている。
「おぉ、夕実ちゃん、俺の分も淹れてくれたんだ!」
感動したように雄大が言った。どちらに言うともなく「どうぞごゆっくり」と言って、夕実は出ていった。
「瓶詰レター事件から、まだ1年しか経ってねえんすねえ。もう大昔のようっす。あんときゃ、はじけましたねえ」
雄大が、コーヒーカップに手をのばしながら言った。
昂胤は、教官の話を思い出していた。葵と三人で飲んだ翌日、アンダーソンは北京に行った。
アンダーソンが繰り返し言った。ダンが何かしでかしそうだと。どうやらアンダーソンは、先手を打って主な卒業生をまわるようだ。所在がわかっているなら、電話で済ませられないのか。卒業生は全世界に居る。ほとんどつかまらないのでは、と昂胤は思っていた。
何かはわからないが、間に合うのだろうか。
「コーインさん、何考えてるんすか」
昂胤は、思考を中断された。
「ああ。ちょっと気になることがあってな」
雄大が顔をのぞきこんできた。
「何かあったんすか」
「いや。お前には関係ない話だ」
「コーインさん、俺も仲間に入れてくださいよ。置いてけぼりは、なしっすよ」
勘のいい男だ。昂胤の顔から、いつもとは違う何かを感じとったのかもしれない。
「哲さんに、近いうち飲みに行こうぜって言っといてくれ」
昂胤は、話題を変えた。
「あ、なら、俺もお供しま~す」
「来なくていいぜ、おまえは」
「そんな冷たい…。絶対ついていきますよ」
それから10分ほどくだらない話しをしていたが、仕事だと言って雄大が帰った。
更新日:2016-07-04 11:46:27