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58.釣り②
夕実は、笑ってから何だか気が楽になった。ついさっきまで緊張していたのに、うそのように肩の力が抜けた。佐々木がこんなにひょうきんな男だとは知らなかった。所長は知っているだろうか。
夕実は、佐々木を呼びだしたものの、何を話していいのかわからないまま少しのあいだグラスをもてあそんでいたが、残っていたチャイニーズブルーを一息に飲んだ。
「夕実ちゃん、お酒強いんだ」
それを見て佐々木が言った。
「えへ。次は何を飲もうかな」
夕実は、もっとアルコール度の高いのが欲しかった。
「すみませ~ん。ソルティドッグお願いしま~す!」
バーテンは顔なじみだった。
「ここにはよく来るのかい?」
佐々木は、自分が呼びつけられたことには何も触れなかった。
「和美って子とね。よく来ます」
「そうか。その子も呼んであげたらどうだい?」
佐々木が言った。
「ダメダメ。もう遅いから出て来ませんよ」
佐々木と飲んでいる夕実を見たら、和美は驚くだろう。佐々木は、解散した遠藤組の元ナンバー2で地元では有名だ。和美も知っているだろう。
「夕実ちゃん、事務所開けてるんだって?」
佐々木が話題を変えた。
「昂胤が開けておくように言ったのかい?」
ビールをお代わりして、佐々木が訊いた。
「いえ。所長には閉めておけと言われています。連絡場所にと、私が言い出したのです」
「そうだったのかい。夕実ちゃんは若いのに感心だな」
「そんなことありませんよ。私にできるのは、こんなことぐらいですから」
話していて、気持ちが落ち着いてきた。
「夕実ちゃん、昂胤がいないから寂しいだろ」
佐々木が言った。
「え?」
夕実は不意をつかれ、言葉を失った。
「韓国に行く前の日に、昂胤が俺んとこに来て言ったんだ」
佐々木が、口調をあらためた。
「何が起こるかわからないから、夕実を頼みますって」
初耳だった。昂胤がそんなことを頼んでいたなんて。そういえば、韓国に行く前の日にテツさんとこに行ってくると言って出かけたのを思い出した。
「昂胤は、俺に深々と頭を下げてったぜ」
夕実は突然涙があふれた。なぜか次から次へと涙が流れ落ちて止まらなかった。
「夕実ちゃんは一人じゃねえんだ。離れちゃいるが、昂胤がいる。夕実ちゃんはイヤかもしれねえが、こっちにゃ俺がいる」
佐々木がハンカチを渡した。夕実がそれで鼻をかんだ。
「う、う、う」
夕実は、こらえきれずに泣き出した。声を出して子供のように泣いた。
佐々木は黙って泣かせていた。
ひとしきり泣いたら気がすんだのか、夕実が佐々木に向かって頭をペコンと下げた。
「すみません。ありがとうございました。泣かせていただいたので、何だかすっきりしました」
にっこり笑ってそう言った。
「もういいのかい。じゃ、化粧室に行ってきな」
顔を見て佐々木が言った。
「あ、ひどい顔ですよね。恥ずかしい!」
あわてて立ち上がって化粧室に行った。
夕実は、顔をととのえながら、なぜ泣いたのか考えてみた。
夕実は、笑ってから何だか気が楽になった。ついさっきまで緊張していたのに、うそのように肩の力が抜けた。佐々木がこんなにひょうきんな男だとは知らなかった。所長は知っているだろうか。
夕実は、佐々木を呼びだしたものの、何を話していいのかわからないまま少しのあいだグラスをもてあそんでいたが、残っていたチャイニーズブルーを一息に飲んだ。
「夕実ちゃん、お酒強いんだ」
それを見て佐々木が言った。
「えへ。次は何を飲もうかな」
夕実は、もっとアルコール度の高いのが欲しかった。
「すみませ~ん。ソルティドッグお願いしま~す!」
バーテンは顔なじみだった。
「ここにはよく来るのかい?」
佐々木は、自分が呼びつけられたことには何も触れなかった。
「和美って子とね。よく来ます」
「そうか。その子も呼んであげたらどうだい?」
佐々木が言った。
「ダメダメ。もう遅いから出て来ませんよ」
佐々木と飲んでいる夕実を見たら、和美は驚くだろう。佐々木は、解散した遠藤組の元ナンバー2で地元では有名だ。和美も知っているだろう。
「夕実ちゃん、事務所開けてるんだって?」
佐々木が話題を変えた。
「昂胤が開けておくように言ったのかい?」
ビールをお代わりして、佐々木が訊いた。
「いえ。所長には閉めておけと言われています。連絡場所にと、私が言い出したのです」
「そうだったのかい。夕実ちゃんは若いのに感心だな」
「そんなことありませんよ。私にできるのは、こんなことぐらいですから」
話していて、気持ちが落ち着いてきた。
「夕実ちゃん、昂胤がいないから寂しいだろ」
佐々木が言った。
「え?」
夕実は不意をつかれ、言葉を失った。
「韓国に行く前の日に、昂胤が俺んとこに来て言ったんだ」
佐々木が、口調をあらためた。
「何が起こるかわからないから、夕実を頼みますって」
初耳だった。昂胤がそんなことを頼んでいたなんて。そういえば、韓国に行く前の日にテツさんとこに行ってくると言って出かけたのを思い出した。
「昂胤は、俺に深々と頭を下げてったぜ」
夕実は突然涙があふれた。なぜか次から次へと涙が流れ落ちて止まらなかった。
「夕実ちゃんは一人じゃねえんだ。離れちゃいるが、昂胤がいる。夕実ちゃんはイヤかもしれねえが、こっちにゃ俺がいる」
佐々木がハンカチを渡した。夕実がそれで鼻をかんだ。
「う、う、う」
夕実は、こらえきれずに泣き出した。声を出して子供のように泣いた。
佐々木は黙って泣かせていた。
ひとしきり泣いたら気がすんだのか、夕実が佐々木に向かって頭をペコンと下げた。
「すみません。ありがとうございました。泣かせていただいたので、何だかすっきりしました」
にっこり笑ってそう言った。
「もういいのかい。じゃ、化粧室に行ってきな」
顔を見て佐々木が言った。
「あ、ひどい顔ですよね。恥ずかしい!」
あわてて立ち上がって化粧室に行った。
夕実は、顔をととのえながら、なぜ泣いたのか考えてみた。
更新日:2018-12-14 10:13:35