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釣り
57.釣り①
夕実は一人で《綾乃》に来ていた。
今回の昂胤の韓国行きに限って、なぜか得体の知れない胸騒ぎがして、夕実は落ち着かなかった。今夜も、気がついたらここに来ていた。一人で来るのは、昂胤が韓国に発つ前に連れてきてもらってから今夜で2度目だ。
自分が戻るまで事務所は閉めておけと昂胤に言われたが、連絡場所に必要だからと夕実が自分で言い出して開けている。
だが、実際に開けてみると、時間を持て余してしようがなかった。新聞を全紙読み終えて切り抜きをしたら、あとはすることがない。いつもなら雄大がする掃除も今は夕実がしている。雄大と違って夕実は磨き上げる。それでも時間が残る。時間があれば、頭に浮かぶのは昂胤のことだ。
一度アンダーソンに連絡してみたが、日本にいる最後の日に電話をもらって以来連絡がないと言った。アンダーソンにないくらいだから、葵のおじさんや重次郎のおじいちゃんにもないだろう。お母さんに言ったら笑われるだけだし、と夕実は結論の出ないことを一人で思いあぐねていた。
「そうだ、佐々木のおじさんだ!」
思わず声に出していた。何もかもわかってくれる人がいた。気がついたら、いてもたってもおれなくなった。
夕実は時間も気にせず電話した。幸い連絡がとれた。知人と飲んでいるという。話があると言うと、すぐにオッケーしてくれた。場所と時間を訊くとそちらで指定してくれと言うので友達の和美といつも行くカフェバーを指定した。30分で行く、近所まで行ってからまた連絡すると言って電話は切れた。
ここからなら10分で行ける。夕実はすぐに移動した。
佐々木のことは良く知っている。昂胤から話を聞いてもいる。だが、 二人きりで外で会うのは初めてだった。
指定したカフェバーに来てから、妙に落ち着かなくなった。勢いで電話してつい誘ってしまったが、気軽に了解してくれたのでかえって気おくれしたのかもしれない。
待つほどもなく電話があった。店の場所を説明した。そこまで3分で行けると佐々木は言った。
ここは、カウンター7席にボックス席が5つある。今のとこ、客は奥のボックス席に一組だけ。
夕実は、カウンターの入り口から二つ目に座っていた。和美と来たときいつも夕実が座る席だ。チャイナブルーを二口か三口ほど飲んだころ、佐々木が来た。
「やあ夕実ちゃん。待たせたね」
身長180cmほど、目は切れ長でほりが深く短髪の佐々木は、チャコールグレーのダブルのスーツを着ていて、店内でひときわ目立った。夕実は青のブルゾンにブルージーンズだ。年齢差もあり、どう見ても釣り合いがとれるカップルではない。佐々木は夕実の右側、三つめに座った。和美がいつも座る席だった。
「すみません。無理言っちゃって」
夕実は少し頭を下げて言った。
「夕実ちゃんに誘われたら、真夜中だって飛んでくるぜ」
笑いながら佐々木が言った。
「佐々木さん、お友達とご一緒だったのでしょう 」
「いいんだよ。 話しは終わって飲んでただけだから」
佐々木はそう言ったが、無理をしてくれたに違いない。昂胤が知ったら叱られるだろうなあ、と軽率に電話したことを悔いた。
「元気にしてたかい。先日はごちそうさま。世話になったな」
ビールを頼んだあと、佐々木が言った。
「あ、いえ。私は何も。全部母ですから」
夕実は正直に言った。夕実の名前で招待したが、実質は翔子がやっている。知っているのは昂胤だけだ。
「そうだったのか。どうりでおいしかったはずだ」
「まあ、佐々木さんたら!」
ほおをふくらませてキッと佐々木をにらみつけようとした夕実は、思わずプッと吹き出した。佐々木が、瞳を中央に寄せ、大きく口を開けて舌を出した顔を向けたからだ。
「あはは。冗談だよ」
明るく笑うと、佐々木はうまそうにビールを飲んだ。
夕実は一人で《綾乃》に来ていた。
今回の昂胤の韓国行きに限って、なぜか得体の知れない胸騒ぎがして、夕実は落ち着かなかった。今夜も、気がついたらここに来ていた。一人で来るのは、昂胤が韓国に発つ前に連れてきてもらってから今夜で2度目だ。
自分が戻るまで事務所は閉めておけと昂胤に言われたが、連絡場所に必要だからと夕実が自分で言い出して開けている。
だが、実際に開けてみると、時間を持て余してしようがなかった。新聞を全紙読み終えて切り抜きをしたら、あとはすることがない。いつもなら雄大がする掃除も今は夕実がしている。雄大と違って夕実は磨き上げる。それでも時間が残る。時間があれば、頭に浮かぶのは昂胤のことだ。
一度アンダーソンに連絡してみたが、日本にいる最後の日に電話をもらって以来連絡がないと言った。アンダーソンにないくらいだから、葵のおじさんや重次郎のおじいちゃんにもないだろう。お母さんに言ったら笑われるだけだし、と夕実は結論の出ないことを一人で思いあぐねていた。
「そうだ、佐々木のおじさんだ!」
思わず声に出していた。何もかもわかってくれる人がいた。気がついたら、いてもたってもおれなくなった。
夕実は時間も気にせず電話した。幸い連絡がとれた。知人と飲んでいるという。話があると言うと、すぐにオッケーしてくれた。場所と時間を訊くとそちらで指定してくれと言うので友達の和美といつも行くカフェバーを指定した。30分で行く、近所まで行ってからまた連絡すると言って電話は切れた。
ここからなら10分で行ける。夕実はすぐに移動した。
佐々木のことは良く知っている。昂胤から話を聞いてもいる。だが、 二人きりで外で会うのは初めてだった。
指定したカフェバーに来てから、妙に落ち着かなくなった。勢いで電話してつい誘ってしまったが、気軽に了解してくれたのでかえって気おくれしたのかもしれない。
待つほどもなく電話があった。店の場所を説明した。そこまで3分で行けると佐々木は言った。
ここは、カウンター7席にボックス席が5つある。今のとこ、客は奥のボックス席に一組だけ。
夕実は、カウンターの入り口から二つ目に座っていた。和美と来たときいつも夕実が座る席だ。チャイナブルーを二口か三口ほど飲んだころ、佐々木が来た。
「やあ夕実ちゃん。待たせたね」
身長180cmほど、目は切れ長でほりが深く短髪の佐々木は、チャコールグレーのダブルのスーツを着ていて、店内でひときわ目立った。夕実は青のブルゾンにブルージーンズだ。年齢差もあり、どう見ても釣り合いがとれるカップルではない。佐々木は夕実の右側、三つめに座った。和美がいつも座る席だった。
「すみません。無理言っちゃって」
夕実は少し頭を下げて言った。
「夕実ちゃんに誘われたら、真夜中だって飛んでくるぜ」
笑いながら佐々木が言った。
「佐々木さん、お友達とご一緒だったのでしょう 」
「いいんだよ。 話しは終わって飲んでただけだから」
佐々木はそう言ったが、無理をしてくれたに違いない。昂胤が知ったら叱られるだろうなあ、と軽率に電話したことを悔いた。
「元気にしてたかい。先日はごちそうさま。世話になったな」
ビールを頼んだあと、佐々木が言った。
「あ、いえ。私は何も。全部母ですから」
夕実は正直に言った。夕実の名前で招待したが、実質は翔子がやっている。知っているのは昂胤だけだ。
「そうだったのか。どうりでおいしかったはずだ」
「まあ、佐々木さんたら!」
ほおをふくらませてキッと佐々木をにらみつけようとした夕実は、思わずプッと吹き出した。佐々木が、瞳を中央に寄せ、大きく口を開けて舌を出した顔を向けたからだ。
「あはは。冗談だよ」
明るく笑うと、佐々木はうまそうにビールを飲んだ。
更新日:2015-05-23 05:10:06