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48.帰国②

 パクは、雄大にもビールをすすめた。

「オッス。お先にパクさんどうぞ!」

 雄大は、自分のグラスを飲み干すと、パクからビール瓶をとりあげ、空のグラスをパクに渡してなみなみとそそいだ。

 パクは、雄大と気が合っており、去年出会ったときから弟のようにかわいがっていた。

「雄大。昂胤さんの足を引っ張ったら承知しないぞ」

 一息で飲み、グラスを返し、雄大にもなみなみとそそいだ。

「オッス。今んとこだいじょうぶっす。必死っすよ」

 雄大が言った。

 パクは、昂胤と一緒にいる雄大がうらやましそうだった。以前みたいに自分も一緒に暴れたいと思っているのかもしれない。

 そのとき重次郎が声をかけた。

「昂胤くん」

 その声で「昂胤さん。いつでも俺を呼んでくださいよ」と小声で言い残し、まだ話したそうなパクは席に戻った。

「韓国で、大きな魚を釣ったそうじゃな」

 爺さんは何も知らないはずだが、そんなことを言った。

「俺は、釣りに行ったのじゃなく、単なる観光ですよ。爺さんこそ、70センチのクロメジナをあげたらしいですね」

 昂胤は話題を変えた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。去年の話じゃよ。よく知っておるのう。葵くんと一緒のときじゃ。揚げるのに30分かかってのう」

 しかし、昂胤は話題の選び方を間違えた。おかげで、重次郎の自慢話を、全員が聞かされる羽目になった。重次郎の罠にはまったようだ。




 翔子も夕実も元気そうだし、佐々木も相変わらずだ。

 重次郎が、 周とニックを相手に、釣りの講義をしていた。二人は、意外と真剣に聴いていた。

 昂胤たちは、韓国でのことを忘れ、グルメを満喫しアットホームなひとときを過ごした。


 翌日、昂胤は久しぶりに事務所に顔を出した。事務所は、夕実が一人で守ってくれていた。昂胤は閉めておけと言ったのだが、拠点に必要だからと夕実が自分で言い出したのだ。アンダーソンと連絡がとれなくても、夕実が中継地となって情報交換ができるので、確かに便利だった。

 このひと月あまりの新聞五大紙の切り抜きスクラップが、昂胤のデスクに置いてあった。

 8冊あった。

 各分野ごとにブックを大別してあり、よく見ると、各スクラップブックの表紙裏に新聞の見出しとリードをまとめた一覧表が貼付されていた。ナンバリング処理がしてあるため、一覧表だけチェックし興味があれば詳細を読めばよい。それに、各ブックそれぞれ何本か付箋紙がつけてある。夕実のお勧め記事だろう。

 夕実の細やかな配慮が、昂胤の胸を一瞬熱くした。

 スクラップブックを見ながら、昂胤が話しかけた。

「夕実」

「はい」

「俺たちがいないんで、寂しかっただろ」

 ありがとうの簡単なその一言が出ず、口から出たのは、なぜか別の言葉だった。

 傭兵時代は男だけの世界。昴殷は、女の扱いが苦手だった。

「いいえ。全然」

 そんな昴殷の気持ちを知ってか知らずか、夕実は内心を隠して言った。

「うそつけ。寂しいくせに」

 昂胤が言った。






更新日:2018-12-14 10:07:18

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❷「ウォンジャポクタン」》