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恩師来日
1.恩師来日①
事務所に入ると、夕実が電話中だった。
ここは、田川昂胤探偵事務所だ。メンバーは所長の昂胤と事務員の夕実の二人きりだが、カウンターの内側には、事務用机4つに所長用の机があり、パーテーションで区切った簡易応接室まである。
長い海外生活から帰国した昂胤が退屈しのぎに始めたこの探偵業だが、ちゃんとした事務所を開設しなさいよと夕実の母親翔子に強く勧められて3年前に開設したのだ。夕実の好みで、室内はブルーに統一され、生け花と観葉植物がそれぞれ3か所置いてあり、おしゃれなオフィスをキープしている。
夕実は、押しかけ事務員という言葉がピッタリくる。
「Ah! Wait a minute please sir。…所長、アンダーソンさんから国際電話です」
昂胤を見ると、夕実は保留ボタンを押して言った。
「なに、教官から!?」
アンダーソンからの電話と聞いて、昴胤は、何か予感めいたものが頭をかすめ、アドレナリンが体をめぐり出したのがわかった。
昴胤は、急いで自分のデスクに座ると電話を取った。
「Thank you for waiting! I’m Koin」
さすがに流暢だ、と夕実は感心した。夕実もかなりしゃべれるほうだが、昴胤には及ばない。
昂胤は、早口でしゃべっている。興奮しているようだ。
昂胤がアンダーソンと話すのは、去年の瓶詰めレター事件(田川昂胤探偵事務所シリーズ第1弾「瓶詰レター」)以来のはずだ。アンダーソンは、元CIA要員で、傭兵学校の教官だった。
傭兵として戦地に出た時に死ななくて済むようにと、死線ぎりぎりの過激な訓練をする鬼教官だった。実際に訓練中に死者を出してもいる。
昂胤も、この教官の教え子だ。卒業後昂胤は、帰国するまで傭兵だった。
昂胤は、わけがあって13歳のときにアメリカに渡り、18歳で傭兵学校にスカウトされ、アンダーソン教官に3年間みっちり地獄の特訓を受け、首席で卒業していた。卒業後傭兵となり、その後10年間、ヨーロッパ、アジアを主な舞台に活動し、31歳で帰国した。昂胤は、傭兵仲間では凄腕で通っていた。しかし、死に瀕したのは一再ではなかった。
契約満了を機に、闘いに明け暮れる生活に倦んで、昂胤は日本に帰ってきた。帰国して数年後に発生した瓶詰レター事件で、情報を得るため渡米し、10数年ぶりに教官に再会したのは去年のことだ。
事件が解決するまでは、毎日が充実していた。
「では、日本に着くのは明後日ですね。わかりました。お待ちしています」
昂胤の声が、湯沸かし室でコーヒーを淹れている夕実に聞こえた。
「おい、教官が日本に来られるぞ」
昴胤は、嬉しさを隠さず夕実に告げた。
「え、ホントですか。いつです?」
昂胤にコーヒーを出しながら、夕実が言った。
ブルーマウンテンのいい香りがする。
夕実は、昂胤が事務所に顔を出すと必ずコーヒーを淹れる。日課だ。昂胤は、夕実のコーヒーが気にいっていた。
「明後日だって」
昂胤は、破顔している。
「何かあったのでしょうか」
子供のように喜んでいる昂胤を見て、夕実は、胸のどこかに温かさを感じた。
「ああ。教官が観光のはずがないからな」
「所長、嬉しそうですね」
夕実の目が微笑していた。
「教官と会えるの、1年ぶりだからな」
「あら、それだけですかぁ?」
夕実がからかうように言った。
「他に何があるってんだい」
昴胤は、夕実が何を言いたいのかわかっていた。
瓶詰レター事件以降、昂胤は、また退屈していた。それを知っている夕実が、からかっているのだ。
今頃コーヒーのいい香りに気づいた。
事務所に入ると、夕実が電話中だった。
ここは、田川昂胤探偵事務所だ。メンバーは所長の昂胤と事務員の夕実の二人きりだが、カウンターの内側には、事務用机4つに所長用の机があり、パーテーションで区切った簡易応接室まである。
長い海外生活から帰国した昂胤が退屈しのぎに始めたこの探偵業だが、ちゃんとした事務所を開設しなさいよと夕実の母親翔子に強く勧められて3年前に開設したのだ。夕実の好みで、室内はブルーに統一され、生け花と観葉植物がそれぞれ3か所置いてあり、おしゃれなオフィスをキープしている。
夕実は、押しかけ事務員という言葉がピッタリくる。
「Ah! Wait a minute please sir。…所長、アンダーソンさんから国際電話です」
昂胤を見ると、夕実は保留ボタンを押して言った。
「なに、教官から!?」
アンダーソンからの電話と聞いて、昴胤は、何か予感めいたものが頭をかすめ、アドレナリンが体をめぐり出したのがわかった。
昴胤は、急いで自分のデスクに座ると電話を取った。
「Thank you for waiting! I’m Koin」
さすがに流暢だ、と夕実は感心した。夕実もかなりしゃべれるほうだが、昴胤には及ばない。
昂胤は、早口でしゃべっている。興奮しているようだ。
昂胤がアンダーソンと話すのは、去年の瓶詰めレター事件(田川昂胤探偵事務所シリーズ第1弾「瓶詰レター」)以来のはずだ。アンダーソンは、元CIA要員で、傭兵学校の教官だった。
傭兵として戦地に出た時に死ななくて済むようにと、死線ぎりぎりの過激な訓練をする鬼教官だった。実際に訓練中に死者を出してもいる。
昂胤も、この教官の教え子だ。卒業後昂胤は、帰国するまで傭兵だった。
昂胤は、わけがあって13歳のときにアメリカに渡り、18歳で傭兵学校にスカウトされ、アンダーソン教官に3年間みっちり地獄の特訓を受け、首席で卒業していた。卒業後傭兵となり、その後10年間、ヨーロッパ、アジアを主な舞台に活動し、31歳で帰国した。昂胤は、傭兵仲間では凄腕で通っていた。しかし、死に瀕したのは一再ではなかった。
契約満了を機に、闘いに明け暮れる生活に倦んで、昂胤は日本に帰ってきた。帰国して数年後に発生した瓶詰レター事件で、情報を得るため渡米し、10数年ぶりに教官に再会したのは去年のことだ。
事件が解決するまでは、毎日が充実していた。
「では、日本に着くのは明後日ですね。わかりました。お待ちしています」
昂胤の声が、湯沸かし室でコーヒーを淹れている夕実に聞こえた。
「おい、教官が日本に来られるぞ」
昴胤は、嬉しさを隠さず夕実に告げた。
「え、ホントですか。いつです?」
昂胤にコーヒーを出しながら、夕実が言った。
ブルーマウンテンのいい香りがする。
夕実は、昂胤が事務所に顔を出すと必ずコーヒーを淹れる。日課だ。昂胤は、夕実のコーヒーが気にいっていた。
「明後日だって」
昂胤は、破顔している。
「何かあったのでしょうか」
子供のように喜んでいる昂胤を見て、夕実は、胸のどこかに温かさを感じた。
「ああ。教官が観光のはずがないからな」
「所長、嬉しそうですね」
夕実の目が微笑していた。
「教官と会えるの、1年ぶりだからな」
「あら、それだけですかぁ?」
夕実がからかうように言った。
「他に何があるってんだい」
昴胤は、夕実が何を言いたいのかわかっていた。
瓶詰レター事件以降、昂胤は、また退屈していた。それを知っている夕実が、からかっているのだ。
今頃コーヒーのいい香りに気づいた。
更新日:2017-05-14 12:01:58