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11.雄大⑥

 次の日。

 雄大は早朝から事務所内外を清掃したあと、新聞を読んでいた。夕実は新聞切り抜きを終えていた。

 今朝のコーヒーは夕実が入れたようだ。

 昂胤はまだ来ていない。

「夕実ちゃん、ほんとにマナー研修みたいなこと、すんのかよ」

 雄大が、夕実に訊いた。

「あたりまえでしょ。所長に言われたでしょ。今日から研修、始めるわよ」

「俺にできると思ってんのか」

「チャレンジ精神が持てれば、門戸を開くのは自分。あいつは根性だけはあるって、所長が言ってらしたわよ」

「へえ。ほんとか」

 雄大が嬉しそうに言った。

 夕実は、所長の言いつけだからしかたなく引き受けたが、受けた以上は成果をあげて、昂胤にいいところを見せたいと思っていた。

「たいていの人はね、『自分には無理』と思うことでやる前から諦めてしまうのよ。でもねユーちゃん、練習と根気さえあれば、大概のことはできるようになるわよ」

「うわぁ、夕実ちゃん、いいこと言うじゃねえか」

「ユーちゃんの空手だけど、苦しい練習を乗り越えて、4段になったんでしょ。マナーの勉強なんて、それに比べりゃ楽なものよ」

「えへ。そうだよな」

「ねえ、二人でがんばって、所長をびっくりさせましょうよ」

「所長の言いつけじゃ、やるっきゃねえもんな」

「根性見せなさいっ!」

「オッス! やってやろうじゃねえか!」

「ユーちゃん、まずその返事やめなさい」

「オッス、あ!」

「オスじゃなく、“はい”。それと、レッスン中は、私にタメ語はダメ。ちゃんと敬語を使いなさい」

「敬語って何だよ」

「所長に使ってるようなしゃべり方」

「夕実ちゃん、俺より年下だぜ。何で俺が?」

「私はユーちゃんのマナーの先生だからよ。私を空手の師匠だと思いなさい。レッスン中は、絶対よ」

「わかったよ」

「わかりました、でしょ」

「ちぇっ。わかりました」

「ちぇっ、は余分です!」

「うるせえな、まったくよ」

「雄大っ!」

「お? あ、はい、わかりました」

「じゃ、今から始めるわよ」

「はい。よろしくお願いします」

 こうして二人の子弟関係が始まったが、昂胤は、雄大にさして期待しているわけではなかった。事務所がヒマだから、時間を持て余すだろうと思って言ってみただけだ。昂胤の本当の狙いは、雄大の英会話力養成だった。


更新日:2016-07-04 11:45:53

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《田川昂胤(こういん)探偵事務所❷「ウォンジャポクタン」》