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夕実と翔子
95.夕実と翔子①
東京。
田川昴胤探偵事務所。
いつも6時に閉めているが、今日は5時に閉めた。
母の誕生日だ。外で一緒に食事することになっている。
母の翔子は41歳になった。しかし、とてもそうは見えない。肌が驚くほど綺麗で艶がある。夕実は、翔子が20歳のときの子だが、いっしょに出かけると、姉妹とよく間違われる。翔子はそれが嬉しいらしい。間違われたら、そのまま姉で通している。
誕生日プレゼントを何にするかずいぶん迷ったが、靴にした。翔子はレストランのオーナーだ。立っていることが多い。足が疲れないよう中敷きも靴も翔子の足に併せて専門店で作ってもらうことにした。足の形状を型どるために翔子をその店に連れて行かないといけないのでそれを言ったら、気持ちだけありがたくいただいとくよ、と言われて説き伏せるのに難儀した。
夕実がくれた誕生日プレゼントだ。翔子は嬉しかった。
その靴が二日前に完成した。翔子はさっそく履いてみた。靴の色もデザインも気に入ったしサイズもぴったりだった。いい革を使っているので軽いし、何より中敷きが足を包みこみ、靴擦れも起きないし疲れもない。よく似たデザインで赤系と黒系の二つだ。
翔子は、夕実の心遣いが嬉しかった。
待ち合わせの時間は6時半。夕実は翔子とはいつも書店で待ち合わせる。
約束時間より早めに行って、本を物色する。夕実は歴史小説が好きだ。短編ものは好まない。長編が好きだ。今日は3冊買った。歴史もので、上中下巻だ。
夕実は、以前こんなことがあった。好きな作家が書いた《水滸伝》の単行本を書店で発見したときのことだ。
書店で訊いてみると、全巻二十巻のうち第四巻まで出版されていた。すべて購入した。第四巻まで読み進めたころ第五巻が出版された。第五巻を読み終わってもまだ次巻が出版されなかったので、第一巻から再び読み始めた。第五巻まで読み進めた頃、第六巻が出版された。第六巻を読み終わったら、また第一巻から読み始めた。途中で第七巻が出版された。
このように何度もターンしながら、《水滸伝》を一日も手放さなかった。最終巻が出版されたときは、愛おしくてもったいなくて、なかなかページを開けることができなかった。
それでも終わりがくる。読み終えたときはたまらなく寂寥感と脱力感に包まれたのを覚えている。
レジカウンターに行くと翔子が並んでいた。翔子も手に数冊持っていた。
今日は、韓国料理で有名な店を予約してある。予約したのは夕実だ。
予約時刻の5分前に着いた。夕実は、誰と約束しても、その時間に遅れたことがない。
受付で名乗ると、スタッフが出てきてご案内しますと先導してくれた。
店内に入ると、満席のようだったが、スタッフはどんどん奥に案内した。
一番奥に扉があり、そこに入った。そこは板の間になっていた。広い通路を挟んで両脇壁側に6人用の座卓が5卓づつ並んでいた。ここは、半分ほど空席があった。ほとんどが二人連れだ。
靴を脱いで、大きな座卓に翔子と夕実は向き合って座った。何気なく見ると、向かいの席にはおいしそうな料理が乗った小皿が数十枚並んでいた。韓流ドラマで見た通りだった。
「母さん、楽しみね」
《韓定食》のことだ。
翔子が最近韓流ドラマにはまっており、宮廷で王様が食べる《韓定食》を 一度食べてみたいと以前から言っていたので、食べさせる店を夕実がネットで探したのだ。本格的なものを食べさせる店は1軒しかなかった。
「ああ。楽しみだよ」
翔子がにっこり笑った。夕実は、母の笑顔が好きだった。
東京。
田川昴胤探偵事務所。
いつも6時に閉めているが、今日は5時に閉めた。
母の誕生日だ。外で一緒に食事することになっている。
母の翔子は41歳になった。しかし、とてもそうは見えない。肌が驚くほど綺麗で艶がある。夕実は、翔子が20歳のときの子だが、いっしょに出かけると、姉妹とよく間違われる。翔子はそれが嬉しいらしい。間違われたら、そのまま姉で通している。
誕生日プレゼントを何にするかずいぶん迷ったが、靴にした。翔子はレストランのオーナーだ。立っていることが多い。足が疲れないよう中敷きも靴も翔子の足に併せて専門店で作ってもらうことにした。足の形状を型どるために翔子をその店に連れて行かないといけないのでそれを言ったら、気持ちだけありがたくいただいとくよ、と言われて説き伏せるのに難儀した。
夕実がくれた誕生日プレゼントだ。翔子は嬉しかった。
その靴が二日前に完成した。翔子はさっそく履いてみた。靴の色もデザインも気に入ったしサイズもぴったりだった。いい革を使っているので軽いし、何より中敷きが足を包みこみ、靴擦れも起きないし疲れもない。よく似たデザインで赤系と黒系の二つだ。
翔子は、夕実の心遣いが嬉しかった。
待ち合わせの時間は6時半。夕実は翔子とはいつも書店で待ち合わせる。
約束時間より早めに行って、本を物色する。夕実は歴史小説が好きだ。短編ものは好まない。長編が好きだ。今日は3冊買った。歴史もので、上中下巻だ。
夕実は、以前こんなことがあった。好きな作家が書いた《水滸伝》の単行本を書店で発見したときのことだ。
書店で訊いてみると、全巻二十巻のうち第四巻まで出版されていた。すべて購入した。第四巻まで読み進めたころ第五巻が出版された。第五巻を読み終わってもまだ次巻が出版されなかったので、第一巻から再び読み始めた。第五巻まで読み進めた頃、第六巻が出版された。第六巻を読み終わったら、また第一巻から読み始めた。途中で第七巻が出版された。
このように何度もターンしながら、《水滸伝》を一日も手放さなかった。最終巻が出版されたときは、愛おしくてもったいなくて、なかなかページを開けることができなかった。
それでも終わりがくる。読み終えたときはたまらなく寂寥感と脱力感に包まれたのを覚えている。
レジカウンターに行くと翔子が並んでいた。翔子も手に数冊持っていた。
今日は、韓国料理で有名な店を予約してある。予約したのは夕実だ。
予約時刻の5分前に着いた。夕実は、誰と約束しても、その時間に遅れたことがない。
受付で名乗ると、スタッフが出てきてご案内しますと先導してくれた。
店内に入ると、満席のようだったが、スタッフはどんどん奥に案内した。
一番奥に扉があり、そこに入った。そこは板の間になっていた。広い通路を挟んで両脇壁側に6人用の座卓が5卓づつ並んでいた。ここは、半分ほど空席があった。ほとんどが二人連れだ。
靴を脱いで、大きな座卓に翔子と夕実は向き合って座った。何気なく見ると、向かいの席にはおいしそうな料理が乗った小皿が数十枚並んでいた。韓流ドラマで見た通りだった。
「母さん、楽しみね」
《韓定食》のことだ。
翔子が最近韓流ドラマにはまっており、宮廷で王様が食べる《韓定食》を 一度食べてみたいと以前から言っていたので、食べさせる店を夕実がネットで探したのだ。本格的なものを食べさせる店は1軒しかなかった。
「ああ。楽しみだよ」
翔子がにっこり笑った。夕実は、母の笑顔が好きだった。
更新日:2015-07-16 19:39:28