• 25 / 321 ページ

戦争と平和はなお遠い 前篇

 ネームレン王子の精神がマ……じゃなくてモーソーの中にあるマンチキュスーを追い出す。うむむ、益々フィリップ・キンドレド・ディックの思想を基にした世界の奥深さに驚かされるあたし赤羽涼香。

 それはいいとしましても、このモーソーの語る事は神語で何を言ってるのかさっぱりわからない。京介だって理解出来ないし、ラスター王子は本質を捉えるだけで大変そう。ここは一つ、ロールちゃんの読解力に頼るしかなさそうだわ。

「この世界を作りし刃霊羅は作る上で偽りの事実さえ取り込んだ。それは『ディック』の思想を出来る限り反映させる事にあった」

「出来る限り反映か……ならば問いたい。モーソーとは何者だ?」

「モーソーとは偽り」

「言ってる意味わかんないけど、わかる?」

「僕に振っても全然わからないけど」

「モーソーの言う通り。モーソーは偽り」

「少女にはその意味を理解出来る。モーソーとは人々の精神にあるリアリティを拒絶する何か。リアリティからの逃避」

 駄目だわ。ここから先はどんどん神語のオンパレード。あたしら身内だけは置いてけぼりを食らうなら良いけど、他の人達だって置いてけぼりを食らう事ばっかり語るから付いていけない。例えるならドラクエにしか詳しくない男が目の前に現れて、マニアックな知識ばかり話すからいくらドラクエに興味あっても外伝やら漫画やら非公式アンソロジーやらを聞かされて付いて行けなくなる現象だわ。他にはガンダム芸人と自称するT氏やおさむが突然、ガンダムに詳しい猛者によってGの影人やらダブルフェイクやらアウターガンダムやらガンダムレオンやらの話を突然振られて完全に置いてけぼりを食らわされる現象よ。

 とにかくモーソーの話に付いてこれる人間が居るとしたら仏教の経典を読破し、修行に耐えきった僧やらキリスト教の聖書関連を読破し、キリストのありとあらゆる事に精通したクリスチャンやらイスラム教の深淵を知り、なおかつ全てを投げ出せるムスリムといった一流の信者でないと駄目だわ。生憎あたしは信者じゃないから無理。

 そんな事を解説してると話はようやく本題に入るわ。

「--故にモーソーを人々は求める。モーソーとは{シンジツ}を打ち破る幻想……戦争が勃発した現実の世界から逃げたい者達の受け皿なり」

「戦争か……それだけを問おう。今回の戦争はどれくらいの期間で終わる?」

「皇帝倒さぬ限り終わらない」

「フィフティビサラ・バレラー・セティスジュか。あの男と再戦しなくては成らないとは!」

「奴は{シンジツ}を人々に突きつけようとする悪。真実と{シンジツ}は大きく違う。真実は人の心の殻を破り、解放をもたらす。だが{シンジツ}は人の心を歪ませ、希望さえ奪う。奴を倒さないと幻想は奪われる」

「目標はわかりました。あのお爺さんを再び倒せば良いんですね」

「その通り。だが、ここで障害が一つ発生する」背後に気配がする。だからモーソーはあたし達に気付かせたのね。「『八卦』は君達の邪魔をするだろう」

「この気配は」ロールちゃんが振り返る先にはあの女が長槍を構えて立つわ。「ロディ」

「えっと『八卦』の一柱ですよね?」

「そうだ。私は『月のジェイドムーン』……殿下の障害と成る者を一人残らず殺す者」

「どうやらここを抜ける前にこの女との戦いを強いられるか」

「三国の戦争を間近に見ることなく槍の錆びに成るがいい!」

「断るわ、ロディ!」あたしは彷徨刀を抜くと構える。「錆びに成るのはあなた一人で十分よ!」

 まだ装備が不十分なまま戦いが始まった……

更新日:2015-02-17 06:27:45

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

二つを彷徨う魂 巻の四 戦争と平和はなお遠い