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2.依 頼

 四月に入ってすぐの日曜日、蕗子は両親と共に花見をしに
散歩に出た。蛇崩川緑道に出て住宅街に入ると、桜並木が
続く絶好の散歩コースとなる。ずっと座ったばかりの
仕事ではないが、運動不足だ。花を見ながらの散歩は
意識せずに長距離を歩けるので丁度良かった。
 この前の日曜日は、帰国する蘇芳夫婦を迎えるのに潰れた。
事務所は日曜定休ではあるが、仕事の関係上、出勤の場合も
多い。だから、こうして日曜日に休めるのは貴重だった。
広志の休日は土日だけに、平日が休日だと顔を合わす事すら
ままならない。どちらも仕事で忙しいからだ。
 両親が蘇芳達に一緒にどうかと声をかけたらしいが、
忙しいからと断られたそうだ。それを聞いて蕗子はほっとした。
蘇芳だけなら大歓迎だが、その夫とはできれば顔を
合わせたくない。優しげな風貌で如才ないのだが、
どこか迫って来るような存在感とでも言おうか、その場に
居ると気づまりする何かがあると感じる。
「せっかく帰ってきたんだから、もう少しマメに顔を
出してくれればいいのにねぇ」
 真弓がひと際美しく咲いている桜の前で立ち止まった。
「全くだ。渡米中だって、ろくに便りも寄越さないし。
なんでああ薄情なんだろうな」
「蘇芳は自分の事で精一杯なのよ、きっと。若いんだし」
 蕗子は慰めるように声をかけた。蘇芳は自己中心的な人間だ。
自分を中心にしか物ごとを考えられない傾向にある。
だから思う通りに突き進む。回りの事など視界に入って
来ないんだから、考えようも無いし気遣いなんてできる筈も無い。

更新日:2014-11-02 12:56:36

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