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10.唯 一

「とりあえず、新居って感じになったね」
 生活に必要な物がひと通り揃い、二人は新しい部屋で
グラスを傾けあった。
 晴明も蓼科から戻って来て、絵画制作の場所も東京に移った。
大学での授業は十月からなので、九月一杯はその準備は
あるものの時間的な余裕があった。こうして二人で
ゆったりと過ごし、毎晩一緒にいられると思うと
嬉しくてたまらない。
 二人の生活は、特に取り決めたわけでは無かったが、
朝食を蕗子が作り、夕食は晴明が作っていた。蕗子よりも
晴明の方が早く帰宅するからだ。だが休日は二人で作ったり、
蕗子が作る。
 一緒に住むようになって蕗子の夜の過ごし方は変わった。
一人の時と違うのは当然の事だが、帰宅してからも仕事漬けで、
他に何もせず何も考えず、気付けば寝る時間になっていた夜が、
精神的にゆとりのある時間に変わったのだった。
 ゆったりとハーブティを飲みながら、互いの仕事の事や
他愛のない事を喋り、笑い、むくれ、また笑い……。そんな風に
時間が過ぎていくのが明日への活力となっている。
「こんな風に、穏やかで楽しい時間が当たり前に流れているのがさ。
幸せでたまらない。ずっと、自分に無縁だと思ってた。
里美と出逢った時に、やっと僕も普通に家庭が持てるんだって
喜んだのに、結局ぬか喜びで、前よりも不幸な場所へ
突き落された気分だった」
 晴明は、ベッドの中で蕗子を抱きしめながら、語った。

更新日:2014-11-08 15:33:49

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