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7.孤 影

 蘇芳の手紙を読み終えて、蕗子は愕然として体が震えた。
「蕗子さん……」
 傍で覗き見ていた晴明に声をかけられて、蕗子はギョロリと
横目で彼を見た。晴明も青ざめた顔をしている。
「こんな事……、信じたくない。信じられないって、思うでしょ?
でも……。でもね。夕べ、私……」
 蕗子は言葉を継げなくて、両手で顔を覆って泣いた。
 ずっと前から、子供の時から、お父さんは私を?
あんな事が無ければ信じられない話しだった。だが、
夕べの父の行為。異様にギラついた目、荒々しい息に、
自分の太ももを這った手……。全体重をかけるように、
のしかかってきて……。
 蘇芳の書いてある事は、その通りなんだ。母の素っ気なさも
これで合点がいく。そして、ずっと蕗子の彼氏を蘇芳に
誘惑するように仕向けていたとは。晴明との事が無くとも、
ずっと自分の手元に置いたまま、いつか夕べのような事をしようと
思っていたのか。
 晴明は、かけるべき言葉が見つからない代わりのように、
蕗子の頭をそっと撫でた。
「ど、どうして来たかって……、訊いたわよね」
「蕗子さん、それは、もう、いいよ……」
 苦しげに晴明は言った。
「おかしいと思うでしょ?……スーツ姿のまま、ハンドバック
だけで、レンタカーに乗って、深夜に……」
「蕗子さん……」
 蕗子はバックからティッシュを出して、鼻をかんだ。そして、
涙を拭いながら晴明を見た。晴明はかばうような、慰めるような、
それでも触れたくても触れられないような、まだ遠慮したような
気配を漂わせている。
「昨日、仕事が終わって、部屋へ帰ったら、中にお父さんが
いたの……」
「えっ?」
 何かあったのだろうと予想はしていただろうが、部屋の中に
いたと言う事実は驚愕する事だろう。誰だって、何故いるんだと
思うに違いない。

更新日:2014-11-08 13:19:55

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