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【夏】~赤と緑~

赤と緑。そんな原色のコントラストに、あなたは何を思い出す?
――クリスマス?
確かにそれもあるけれど、いまわたしが思い浮かべるものは、それじゃない。
照りつける太陽の下で、あるいは窓を開けっ放しにした部屋の扇風機の前で、
汗をかきながら一生懸命になって頬張っていた、甘い果実。

「樹里ちゃん、かぶと虫みたいだね」

かならず、もう赤みが残らないような皮のぎりぎりまで食べてしまうわたしに、家族の誰もがそう言った。
それは褒められているわけではなかったのだろうけど。
小さいわたしにはなぜか嬉しくて、ますます得意になって見せて回った。

「西瓜があるよ、樹里ちゃん」

だから。祖父の家に遊びに行けばかならずと言っていいほど、西瓜が用意されていた。
いつだってそれを喜んで、何も考えずに相変わらず皮まできれいに食べてしまうわたし。

背が伸びてゆくのにつれて、それも少しずつ変わってゆく。

いつだって、夏になればみんなが思い出す。「かぶと虫みたいだったね」って言葉。
それに抗うように、「今日はいらないよ」、そう答えることが増えた。
だって、西瓜だけじゃなくて。
なにかを好きだと一度言ってしまうと、次からはそればかり、同じものばかり用意されている。
それが理由もなく、嫌だったのかもしれない。

背が伸びるのが止まり始めて、それがふたたび変わってゆく。

――気がついたから。
不器用に同じものを用意しつづけてくれるのは、わたしへの愛情。
増えたのは、本物が嫌いな弟のための、西瓜をかたどったアイスクリーム。
並んで食べる別々の赤と緑が、甘く溶けてゆく夏の午後。

化粧をすることに慣れてきて、そんな記憶が曖昧になりはじめてゆく。

いまは、もう汗をかくこともない。
クーラーで冷え切った、主を失った部屋には、祖父の写真が飾られているだろう。

もしも訪れることがあるのなら。
そして、変わらず西瓜が待っているのなら。
今年はクーラーの電源をオフにして、窓を開け放って食べてみようか。

もういちど、甘さと苦さの境界線まで。
かっこ悪い、なんて気にすることはない。
照りつける太陽の下で、窓を開け放って、流れる汗を気に留めることもなく。

大事なものもそうでないものも等しく、たくさんたくさん失ってきた。そう思ってた。
でもほんとうは変わらずに、かたちはなくともこうしてわたしのなかに息づいている。

幼いころのわたしが、いまも変わらずわたしのどこかに眠っている。

更新日:2014-09-14 23:24:20

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