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What I know 2

「ねぇサーヤ、どう思う?」

無遠慮な大あくびをしながらゲインが教室に入ってきた時。
きゃっきゃっとはしゃぎ回っていた少女達が、不意にサーヤに話を振ったところだった。

「え、あ、ごめんなさい。キア、なんのお話?」
「エイルよエイル。ディックとふたりでいるの見たんだから!」

やだーっ、とまた歓声。くだらねぇな、とゲインは口を挟みかけた。

「そう」

サーヤは笑顔だった。
けれどただ、それだけ。

「わたしは、わからないから」

にっこりと微笑んで。だけどそう言い切って。
サーヤは話の続きだけを促した。
女の子たちも一瞬戸惑ったような表情になったが、すぐにまた話を再開した。
 
他愛もない、女の子同士の楽しい会話。

そのはずなのに。

アイツは、どうして――。



「――え?」

ゲインの言葉は単刀直入。包むことも、歪むこともない。
だからこうだった。

「お前、嫌な奴だな。お勉強以外は知らねぇって?」

あれから、何度か同じようなことがあった。
サーヤはいつも笑っている。誰とでもうまくやっている。
けれど、どう思う?と訊かれると決まって同じ答えを返している。

わたしは知らない。わからない。――と。

「……そう、そうかもしれないわね。本当だわ。
 やっぱり、そういうのって自分じゃわからないわね」

「……そんなことは聞いてねぇよ」

はぐらかすなよ。呟くように、ゲインはそう言った。

「わかんねぇ奴……」

わからないことが、なんなのかわからない。
でもゲインは確かに苛立っていた。いつだってサーヤの言葉は難しくて苛ついた。
けれど、いまは違う。ゲインは確かに、サーヤ自身に対して、苛立っていた。

「やっぱわかんねぇ!なんなんだよお前。お前は何が気に喰わねぇんだよ!
 オレには全然…全然わかんねぇよ!」

「ゲイン」

ぶつかってくる。感情が。それを肌に感じる。
そう、最初の会話もそうだった。だから気になった。

――気に喰わない?わたしが?

「わたしも…わたしにもわからない。わたしにはわからない。わたしは知らない。
 わたしは借り物しか知らないの!」

驚いた。一番驚いていたのはサーヤ本人だった。
けれど言葉は止め処なく、流れて溢れ出していく。

「小さい頃。いつだって授業でわたしは褒められてたわ。それで先生が、ちょっとだけ、先の内容を話してくれたの。そうして、サーヤなら、これも分かるんじゃない?って聞かれた。だからわたし、得意になって答えたわ。でも違った。違ったの。わたしが覚えていたのは、別のことばの意味だったの。誰も笑わなかった。サーヤにだって間違いはあるんだよねって。だけどそれが余計に恥ずかしくて……逃げ出してしまいたかった」

初めてだった。ゲインは彼女の声に“色”を感じた。
その瞳と同じように、彩りのなかったサーヤの声が、感情によって染められていた。

「わたしたちが学んでいるのはどれも借り物。遠い昔の人が見つけた法則。遠い昔の人が綴った物語。わたしが知っていることは何一つ、わたしのものではないの」

サーヤは笑う。その笑顔は、少しも嬉しそうには見えなかった。

ああ、そうだ。コイツの笑顔がいつも気味悪く見える理由。
ちっとも楽しそうじゃねぇから、なんだ。

「……だから?」

「……だから。ほんとうはわたしは、何も知らないんだわ。」

苦痛だった。
わたしはなにも知らないのに。
わたしは、誰かに教えられたことを、ただ“覚えている”だけなのに。
サーヤはすごいねって褒められる。
どうして。
わたしはなにも、知らないのに。

「怖いの。根拠のない言葉が。あやふやな事を口にするのが。」

「なんだ、それ」

ゲインがさらりと口にする。俯いていたサーヤが顔を上げた。

「お前、ほんとに変な奴だな。今、言ってんじゃん。根拠のねぇこと」
「……?なにがよ……」

にやりと口の端を歪め、ゲインは特徴的ないつもの笑みをつくる。

「なんでお前のもんじゃないわけ?ご大層な努力して覚えてんだろ?
 なんでそれがお前のもんじゃねぇんだよ」

オレにはそっちの方がわけわかんねぇ。
言いながら大げさに肩をすくめて、ゲインは机の上に座った。

「……ちょっと、お行儀悪いわよ」
「いーんだよ、放課後なんだから」

ゲインの背中を見つめながら、ぼんやりとサーヤは考える。

やっぱりこの人といれば、何かが変わるかもしれない。
それが何かなんて、やっぱりわからない。
けど……。

目を閉じていたゲインが、はっと目を開けた。
隣でサーヤが、同じように机に腰掛けていた。

「……いーのかよ、優等生様?」

サーヤは微笑んだ。
ほんの少しだけ、口の端を歪めて。

「知らないわ」

更新日:2014-09-14 23:19:58

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