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願書を取寄せるときに見た学校案内にも湘南校舎と丹沢校舎があることは載っていたので、久美子が言った『こっちの方』という言葉に引っ掛かりながらも黙って聞いていたら、今度は聡美が「相沢はバレー、葛西はバスケ、長谷川はサッカー、そうよね?」と訊きながら「でも、ウチは格闘技専門なの」と言って口を閉じた。


「えっ?」
「嘘!」
「格闘技?」

聡美が口にした思いもよらぬ言葉に、3人とも口をポカーンと開けて言葉を失ってしまった。
すると聡美は「先に寮に行った娘たちは、柔道・空手・レスリング・ボクシングってみんな格闘技をやってたの!でも、今までも毎年2~3人は格闘技未経験者が丹沢中学に入学してて、残ってもらった長井さんも元々は野球をやってたの!でも、どうしても格闘技が嫌なら今からでも湘南の方に戻れるけど・・」と言いながら、長井と呼ばれた上級生に目配せをした。
「はじめまして!それから、入学おめでとう!2年B組の長井香織です」と話し始めた上級生は、残された3人ひとりひとりに目を合わせると「みんなの気持ち良くわかるわ、わたしも去年びっくりしたもん!でも、格闘技もやってみると結構ハマルわよ!それとも、東城先生が言ったみたいに、湘南中学の方に行きたい?尻尾を巻いて逃げる・・」


「わたし格闘技でも何でもやります!」

香織の言葉を遮るように志穂が即座に叫ぶと、志穂に触発されたのか香織の言葉に反発したのか、「わたしも!」「わたしも格闘技やります!」と、久美も由美子も即座に声をあげた。
すると聡美は満足そうな顔で頷きながら「わかりました、他のみんなよりスタートはチョッと遅いけど頑張ってね!じゃあこれで解散!長井さん、3人を寮に連れていって!」」とにこやかに言いながら立ちあがった。






205号室と206号室に、久美と由美子をそれぞれ引き渡した香織は、志穂と共に207号室の前で立ち止まると、「はい、ここがわたし達の部屋よ!さあ、どうぞ」と扉を開けた。
促されるままに志穂が207号室に足を踏み入れると、通路の突き当りに立っていた3人の上級生に「入学おめでとう!」と出迎えられ、下駄箱や用具入れが並ぶ通路を突き進むと、リビングのような部屋ではクラスメートたちがチョコンと椅子に腰かけていた。
香織に「さぁ、座って座って!」と言われて志穂が里奈の隣に座ると、上級生たちも相部屋になる新入生の前に座って自己紹介が始まった。


幼稚園児のころから柔道を習っていたと言う園田奈津子は、小学校のころから柔道を習っている柔道専攻の田辺潤子と同じ部屋。
フルコンタクト系の道場に通っていて既に黒帯を締めている東海林加奈は、伝統派空手で全国大会に出場した経験もある鈴木亜由美と、小学3年生で柔道からレスリングに転向してジュニアクィーンズカップに出場経験もある中山里奈は、同じくレスリング専攻の橋本有希と同じ部屋ということで、最後に部屋長でもあり2年B組のクラス委員でもある長井香織に続いて志穂が自己紹介したところで、部屋の雰囲気はだいぶ打ち解けたものになっていた。
すると香織が「さーてと、自己紹介も済んだことだし、堅苦しいのはこの辺までにして、まずは楽な格好に着替えて、さっさと荷物の整理をしましょう」と言って立ち上がると、「奈津子ちゃんはこっち」「加奈ちゃんは・・」と上級生たちが相部屋となる新入生を個室に案内し始めた。

香織に「長谷川さんはここよ!」言われた個室に入った志穂は、思わず部屋の中を見回した。
部屋の正面にはオーディオラックを兼ねた腰高の本棚があり、左右の壁際には机と一体型になったベッド、その足元にはクローゼットが配置されていた。
「ご感想は?長谷川さんは右側ね!」と香織に言われて、林間学校やクラブチームの合宿で泊まった2段ベッドの宿舎を想像していた志穂が、「思ってたより広いですね」と答えると、香織は何かを思い出したかのように個室の扉から顔を出して、「みんなー、班長決めは4時からねー!」と大声を出した。
すると、それに呼応するかのように「わかったー!」「オッケー!」「りょーかーい!」とそれぞれの部屋から返事が来た。
そして「先生に言われたでしょ?さあ、さっさと片付けちゃいましょ!」と志穂に促した。


更新日:2022-10-29 04:04:08

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