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はじまり

長い廊下を歩き、病院を出る。
愛車を走らせオニュが宿舎に戻ると、リビングに入る前に手前の部屋のドアをノックした。

「ミノ」

いつでも嘘のない、大きな瞳。
それが自分に向けられて、どうしたの?と問いかけてくる。

「悪いんだけど、テミンに着替え届けてやってくれるかな?」

「え?」

「出しっ放しにしてた牛乳飲んで、夜中に具合悪くなったらしいんだ。2、3日入院することになったから。」

口から簡単に溢れ出る陳腐な嘘に、呆れてしまう。

「入院って…そんなに悪いの?」

「最近ちょっと疲れてたみたいだからさ。」

思い当たる節があるのだろう。
ミノはオニュの言葉に俯き、何か思い詰めたような表情を見せた。

「あと頼んでいい?仕事あるから。」

「あぁ…、うん。分かった。」

その声を聞いて後ろ手にドアを閉め、奥の自分の部屋へ向かう。

馬鹿みたいだ。
たかが色恋沙汰で、そんなに思い詰めて。

こんなに近くにいるのに、何も言わずに側にいたなんて。

(テミンが、ミノを、か…)

察していなかったわけじゃない。
理解だってできる。

テミンは、幼い頃から大人しくて。
でも誰よりも心の中は熱くて。

それを表には出さない子だった。

なかなか思ったことをすっと口に出してはくれない。
それが気遣いなのか、あの子なりの美学なのか。

未だに分からないけれど、言葉を呑み込む癖は良くも悪くも治っていない。

(言えなかったんだろうな…)

ミノにはもちろん。
他の誰にも、相談すらしていないはず。

気付いてあげたかった。
もっと早く、こんなことになる前に。

『ミノヒョン、ソナのお土産買ったの?』

『ソナにちゃんと連絡した?』

『ヒョン、これソナに似合うと思う!』

仕事のことなど何も覚えていないテミンが、ソナ、ソナ、と。
あまりに言うから、ソナが好きな方に賭けていた。

「は…っ、なに見てたんだよ……」

込み上げてきたのは、何も知らなかった自分への嘲笑と。
手を差し伸べてやれなかった、悔しさ。

「テミナ…」

可愛い可愛い末っ子を、苦しめるくらいなら。

手段なんて、選ばない。


更新日:2014-08-13 01:27:51

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