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全部で前菜とメインと食事だけで良いと言っておいたのに、秋山さんは最後デザートまで出してくれた。
「用意してくださった金が余ったので、家で作らせていただきました」
濃紺の作務衣に茶色のバンダナをした、見るからに料理人な秋山さんが言った。
「美味しいです。甘さもちょうど良い。和菓子も作れるんですか?」
「いえ、簡単な水菓子くらいで・・自分が甘いものが好きなもんですから」
「良いですね。女性や子供は何気に一番楽しみにしてるのはデザートだったりしますから」

そう言って俺はフォークをテーブルに置き、秋山さんの方に体ごと向いた。それを見て姿勢を正した秋山さんは真剣な目をしている。
真っ直ぐで、凄く良い目だと思った。

「あなたさえ良ければ・・ご尽力いただけませんか?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、私で良ければ喜んで力を尽くさせてもらいます」
「・・良かった。よろしくお願いします」
手を差し出して秋山さんと握手した。

「まぁ、そんな固っ苦しいのは終わりにしてよ」
関田さんがそう言って、自分で持ってきた紙袋から酒を出した。
「・・大丈夫かよ、今から飲んで夜働けんのかよ?」
「飲まねぇと働けねぇんだよ。あとあんたに良い仕入先紹介してやっからメモ用意しな」
「はいっすぐに」

こうして俺はようやく待ちに待った料理人を迎えることが出来たのだ。

その二日後に秋山さんが引っ越して来た。荷物は大きなキャリーバックとボストンバック、二つだけだった。それだけかと聞いたら、実家なので今後休みの日に何度か往復する予定だと言っていた。

「早急で申し訳ないんですけど、料理の提案書が出来次第見せていただけませんか?あとは今後のビジョンとかもしあれば・・」
「わかりました。市場を回って固まり次第提出します」
「よろしくお願いします。あと・・俺年下なんでそんなにかしこまらなくても良いですよ?やり辛いでしょ?俺もそれなりに砕けたいし・・」
「・・おいくつなんですか?」
「今年30です」
俺がそう言うと秋山さんは驚いたようだ。

「え?いくつに見えました?」
「20代半ばかと・・」
「ええ?そんなにガキくさいですか?俺」
「いや、そうじゃなくて外見が若いから」
「あー・・俺童顔だからかなぁ。舐められやすくて」
そう言って俺は苦笑いをした。

昔から可愛い、女の子みたいだと言われ、高校の時から五年前近くの旅館に勤めていた時まで、何度ケツを狙われたことか。まぁ相手を気に入れば何度か付き合ってやったのも事実なのだが・・。

「明日の朝は関田さんに教えていただいた市場に行ってきます」
「はい、車使います?」
「いや、ペーパーなんで・・でも練習しようかな」
「その方がいいっすよ?この辺は田舎だから」
「はい」

決行は明日の朝だ。
櫂に言っておかなければと思って、俺はフロントに戻った。引っ越して来てから、唸り声は聞こえない。でも調理場から不穏なものが漂ってくるから間違いなくまだ憑いている。
ただ今は大人しくしているだけだろう。なるべく早く対処しないといけない。

俺自身のために・・
助けてくれる父はもういないのだから。

更新日:2014-05-06 19:33:05

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