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葵サイド
材料や調味料の入った小ぶりのキャリーバッグを持ち上げて、俺はペンション黒猫へ向かうためにバスに乗った。
バスは出発してすぐに海岸へ出て右折する。波がキラキラ太陽に反射するのを目を細めて見つめた。
俺は3日前の面接で嘘をついた。
最近まで銀座の料亭に勤めていたと履歴書に書いたが、本当は一年前に辞めて定食屋でアルバイトをしていたのだ。
最初は夢中で頑張っていた。気に入らないと包丁の背で叩かれたり、南瓜が飛んできても辞めようと思わなかったのに。
ある日俺より年下の中途採用の奴が入って来て、5年目の俺と事あるごとに比べられた。真面目過ぎた俺は先輩に言われるがまま、追い越せ追い抜けと一年間必死に頑張ったが、差をつけられるばかりで、最後は自分が何を作りたいのかさえよくわからなくなってしまっていた。
夢が苦痛でしかなくなってしまい、気付けば鬱病になっていた。
半年仕事を休んだら戻って来いと先輩が言ってくれたのだが、俺はどうしてもその気になれなかった。
料理はしたかった。でもあの世界には戻りたくなかった。
甘えと言われればそれまでだが、どうしても希望が持てなかったのだ。言葉通り、俺は燃え尽きてしまった。
自分が何をしたいのかわからないまま、なんとなく近くの定食屋のバイトを始めて一年たった頃、ここの募集が出ていることを店の主人が教えてくれたのだ。
もう70を過ぎた定食屋の主人が俺の腕前を勿体無いと言って、わざわざ探してくれたのだ。
あんたはこうゆう小さなところで一人でやるのが向いていると、人間としての自分を見てくれた。俺の人生において感謝してもしきれない、本当に良い主人だった。
雇う時も何も聞かず、結局最後まで病気で休んでいたことは話さなかった。
そんな主人が探してくれたところだからと言うのもあるが、もう一度巡ってきたチャンスだと思った。
俺はだんだん心がワクワク踊り始めた。こんな感覚は本当に久し振りで、料理学校に通っていた時以来だ。
期待に胸を膨らませて3日前に訪れたペンションは、改装仕立てと言うのもあるが、凄く綺麗だった。
部屋もセンスの良い近代的な和風のつくりで、露天風呂まで付いてる。素泊まりなのに結構良い値段を取っているのも納得出来る。
あそこに自分の作った料理が並ぶと思うと、ワクワクすると同時に責任の重さを感じた。今までは俺の上に必ず責任者がいた。でも今度は違う。言い逃れなんて出来ない。俺がすべての責任を負うのだ。出来るだろうか?いや、やるしかないのだ。ピンチはチャンスだと誰かが言ってなかったか。
唯一の不安要素は主人が若すぎることか・・。
年齢は聞いていないが、明らかに俺より若い。元々の実家で、しかも去年までは父親の手伝いをしていたと言うから、経営に関しては素人ではないだろう。
料理のことも仕入れ値のことなど細かいところまで熟知している。信頼は出来そうだが、やはり若いのだけが気になる。まるで南国の女の子のように色黒で目が大きく、彫りも深い。日本人なんだろうか?
歳もいくつなのかわからない。20代前半くらいに見えた。
面接で綺麗なアーモンド型の瞳に見つめられると、少し緊張した。
目力があるのだ。
少し浅黒い肌に白目が目立つ。クリッとした大きな茶色い瞳を見ていると吸い込まれるようだ。
一見可愛い系のチャラ男に見えるが、話してみるとまったく違った。
自分の理想を叶えるために一生懸命なのが伝わってくる。それも夢物語ではなくちゃんと綿密に計画を立てているようだ。俺はそんな彼の期待に応えられるだろうか?
そんな計画を聞いてると20代後半か30はいってるように感じたのだが、実際はどうなんだろうか?
俺は良いことも悪いことも一度気になり始めると、謎が解けるまで止まらない。
年齢なんていずれわかることだが、機会があれば聞いてみよう。
テスト前なのにそんなことをもんもんと考えてると、まもなく○○三丁目交差点です、とバスのアナウンスが流れる。
俺はとりあえず年齢のことを頭から振り払った。
何はともあれこのテストをパスしないと何も始まらないのだ。
面接の帰り道から今までずっと今日の料理のことばかり考えていた。あとは後悔のないよう精一杯頑張るだけだ。
俺は気合いを入れてバスから降りた。
葵サイド
材料や調味料の入った小ぶりのキャリーバッグを持ち上げて、俺はペンション黒猫へ向かうためにバスに乗った。
バスは出発してすぐに海岸へ出て右折する。波がキラキラ太陽に反射するのを目を細めて見つめた。
俺は3日前の面接で嘘をついた。
最近まで銀座の料亭に勤めていたと履歴書に書いたが、本当は一年前に辞めて定食屋でアルバイトをしていたのだ。
最初は夢中で頑張っていた。気に入らないと包丁の背で叩かれたり、南瓜が飛んできても辞めようと思わなかったのに。
ある日俺より年下の中途採用の奴が入って来て、5年目の俺と事あるごとに比べられた。真面目過ぎた俺は先輩に言われるがまま、追い越せ追い抜けと一年間必死に頑張ったが、差をつけられるばかりで、最後は自分が何を作りたいのかさえよくわからなくなってしまっていた。
夢が苦痛でしかなくなってしまい、気付けば鬱病になっていた。
半年仕事を休んだら戻って来いと先輩が言ってくれたのだが、俺はどうしてもその気になれなかった。
料理はしたかった。でもあの世界には戻りたくなかった。
甘えと言われればそれまでだが、どうしても希望が持てなかったのだ。言葉通り、俺は燃え尽きてしまった。
自分が何をしたいのかわからないまま、なんとなく近くの定食屋のバイトを始めて一年たった頃、ここの募集が出ていることを店の主人が教えてくれたのだ。
もう70を過ぎた定食屋の主人が俺の腕前を勿体無いと言って、わざわざ探してくれたのだ。
あんたはこうゆう小さなところで一人でやるのが向いていると、人間としての自分を見てくれた。俺の人生において感謝してもしきれない、本当に良い主人だった。
雇う時も何も聞かず、結局最後まで病気で休んでいたことは話さなかった。
そんな主人が探してくれたところだからと言うのもあるが、もう一度巡ってきたチャンスだと思った。
俺はだんだん心がワクワク踊り始めた。こんな感覚は本当に久し振りで、料理学校に通っていた時以来だ。
期待に胸を膨らませて3日前に訪れたペンションは、改装仕立てと言うのもあるが、凄く綺麗だった。
部屋もセンスの良い近代的な和風のつくりで、露天風呂まで付いてる。素泊まりなのに結構良い値段を取っているのも納得出来る。
あそこに自分の作った料理が並ぶと思うと、ワクワクすると同時に責任の重さを感じた。今までは俺の上に必ず責任者がいた。でも今度は違う。言い逃れなんて出来ない。俺がすべての責任を負うのだ。出来るだろうか?いや、やるしかないのだ。ピンチはチャンスだと誰かが言ってなかったか。
唯一の不安要素は主人が若すぎることか・・。
年齢は聞いていないが、明らかに俺より若い。元々の実家で、しかも去年までは父親の手伝いをしていたと言うから、経営に関しては素人ではないだろう。
料理のことも仕入れ値のことなど細かいところまで熟知している。信頼は出来そうだが、やはり若いのだけが気になる。まるで南国の女の子のように色黒で目が大きく、彫りも深い。日本人なんだろうか?
歳もいくつなのかわからない。20代前半くらいに見えた。
面接で綺麗なアーモンド型の瞳に見つめられると、少し緊張した。
目力があるのだ。
少し浅黒い肌に白目が目立つ。クリッとした大きな茶色い瞳を見ていると吸い込まれるようだ。
一見可愛い系のチャラ男に見えるが、話してみるとまったく違った。
自分の理想を叶えるために一生懸命なのが伝わってくる。それも夢物語ではなくちゃんと綿密に計画を立てているようだ。俺はそんな彼の期待に応えられるだろうか?
そんな計画を聞いてると20代後半か30はいってるように感じたのだが、実際はどうなんだろうか?
俺は良いことも悪いことも一度気になり始めると、謎が解けるまで止まらない。
年齢なんていずれわかることだが、機会があれば聞いてみよう。
テスト前なのにそんなことをもんもんと考えてると、まもなく○○三丁目交差点です、とバスのアナウンスが流れる。
俺はとりあえず年齢のことを頭から振り払った。
何はともあれこのテストをパスしないと何も始まらないのだ。
面接の帰り道から今までずっと今日の料理のことばかり考えていた。あとは後悔のないよう精一杯頑張るだけだ。
俺は気合いを入れてバスから降りた。
更新日:2014-05-04 08:44:56