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櫂に手伝ってもらって鳥居の下の雑草を抜き平らに慣らし、薄いが白い石畳を敷いた。長さは鳥居の真下から奥へ向けて5メートル、幅はこちらの小さな鳥居に合わせたので細い道になってしまったが、一メートルもあればおそらく楽に渡れるはずだ。

午後になり二組のお客さんのチェックインを済ませると、秋山さん宛に宅配便が届いた。
南さんと言う女性からで、彼の部屋へ持って行くと佐藤さんの子供だと教えられた。
その場で開けると日本酒と一緒に感謝状が同封されていた。達筆な字で父を導いてくださってありがとうと書いてある。二人で飲んで、一杯は父にやってくれと。
じんわり胸が熱くなった。
秋山さんも同じようで、しばし二人無言でその手紙を見つめた。

「飲みますか?」
と静かに秋山さんが言った。
「・・そうしたいところなんですが、」と俺は言葉を濁して言った。
「俺すげぇ酒癖悪いんすよ」
「そうなの?」
「はい。なんで次の休みまでは・・」
「絡むの?」
「はあ・・まあそんな感じで・・すいません。先に謝っときます」
「へーちょっと楽しみ」
「はあ?知りませんよ?そんなこと言って」
今秋山さんはニヤニヤしてるが、一週間後はきっと笑わないだろう。

その夜のことだ。

安全地帯にいる限り俺は滅多に金縛りにあうことはない。たまに痺れる感覚はあるが、櫂の婆ちゃんに教わった言葉を少し唱えるだけでなくなる。

今日もそれがきて、いつものようにその言葉を唱えていたのだが、どうも様子がおかしい。
痺れる感覚がなくならないどころか、どんどん強くなるのだ。言葉を唱えながら焦りが強くなっていく。

やがて完全に身動きが出来なくなってしまった。俺は恐怖で目も開けられない状態だった。全身から冷や汗が吹き出てくる。

顔の上が急にひんやりして、頬に水が垂れたような感触があった。
それは氷のように冷たくて鳥肌がたつほどだ。

そして何かを引きずるような音がする。部屋の中をズズ・・ズズッっと何かが俺の足元の方へ向かっている。

とにかくとても強い霊だ。充分人に危害をくわえるレベルの強い怨念を感じる。
徐々に恐怖で呼吸が荒くなる。
音が止んだと思ったら急に足を冷たい手で掴まれた。
「っ・・!」
それは固く氷のように冷たい手だった。まるで骨に直接掴まれてるようだ。足を引っ込めたいのにまったく体が動かない。

怖い・・!
途中から婆ちゃんに教わった言葉を唱えるのをやめ、必死にどうすべきか考えた。佐藤さんの時と同じように鳥居の中へ行くしかない。そう結論づけて、その霊に心の中で誘いかけてみる。上手くいけば鈴の音が聞こえて、この前の黒い大きな鳥居の中へ行けると信じて。

だがその後聞こえたのは鈴の音じゃなかった。
女の馬鹿にしたような笑い声だった。

そのすでに人ではない固く冷たい手が、どんどん這い上がって来る。もうどうすることも出来ないと知り、俺の頭はパニックになった。

こんな恐ろしい体験は始めてだ。
首元まで来たらもう完全に取り憑かれてしまうだろう。その後自分がどうなるのかもまったくわからない。

通常の人なら体調が悪くなったりする程度だが、俺の場合はもっと酷くなると昔櫂の婆ちゃんに言われたのだ。だから早い段階で対処しなきゃいけないのに・・。

叫び声をあげたいがそれも出来ない。
ただ必死に心の中で助けて!助けて!と叫び続けた。

時間をかけてその手が俺の胸まで来た時、また婆ちゃんの言葉を何度も繰り返して言ってみた。何もしないよりはマシだと思った。
その言葉は今度は効いてきたようで、少しずつ体が動くようになってきた。

「っ・・!」
今だ!と思い、すべての力を使って思いきり体を起こした。目はなるべく開かないようにして、無我夢中で扉に飛びつき、階段を転がるようにして駆け下りる。
非常灯の灯りを頼りに秋山さんの部屋の引き戸を引いて、俺はすぐにそこへ飛び込んだ。


更新日:2016-09-18 17:44:44

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