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先ほど文句なしの試作品を仕上げてきた秋山さんに礼を言って、二週間後の再オープンに間に合うよう彼に仕入れの調整を頼んだ。

フロントへ戻りパソコンで予約状況を確認すると、今朝と比べてまた一件増えていた。今までの素泊まりではなく、二食付きの値段設定に変えてから、高額にも関わらず予約は順調に増えている。GWの空室も残り僅かだ。

急にプレッシャーを感じて、緊張を解すために深く息を吐き出した。手始めにこの大型連休を、気合を入れて乗り切らなきゃいけない。

けど冷静に考えると俺がいくら頑張ったところで、回らないことに思い至った。櫂が調理補助に入り、俺一人で三組の懐石を出せるか秋山さんに相談してみると、ドリンクのオーダーが頻繁に入ると厳しいと言われた。
それに食事時間はそんなにはずらせないものだ。

この時期くらいからもう一人雇わないとまずいかもしれないと、求人を出すか考えていると秋山さんが厨房から出て来た。

「この辺に酒屋さんありますか?」
ああ、良かったら俺これからホームセンター行くから乗って行きますか?って言うか練習がてら運転します?秋山さん」
「すみません、ありがとうございます」
「いえ、俺もなんかあったら世話になるかもしんねえし」
そう言って俺は笑った。

櫂が車の運転が苦手なので、ぜひ秋山さんには乗れるようになってほしいのだ。俺がここを離れられない時もあるし、運転手は多い方が何かと便利だ。
今までもお客様が急病で、病院まで運んだことが何度かあった。つい先日も友人が事故にあったとかで、ドタキャンの青年を駅まで送り届けたり何があるかわからないのだ。

目の前の国道を右へまっすぐ10分ほど行くと、そこそこ大きなショッピングモールがある。5年前にオープンしたそこは、運が良いことにぎりぎり安全地帯なので俺はここをフル活用している。
練習には最適な一本道を秋山さんの運転で走る。なかなか良い調子だ。

「予約、今んとこ18件入ってます」
「ええ?!もうそんなに?」
「はい。GW前だし結構あちこちいろんなとこ掲載してるんで」
「なかなかやり手だねぇ千尋さん。頑張らないとな〜俺」
「んなことねぇっす。俺の目標は三ヶ月先まで予約取れない宿なんで」
「強気だねー」
「こんくらいの気持ちがないとこの業界生き残れないっすよ。リピーターもたくさん作らないと」
「正直初めて会った時は君が若すぎて不安だったけど、今は違うよ。とても頼りがいがあるように見えるね」
「ハハ・・まだまだこれからです。勢いだけじゃきっと失敗もする。慎重に見極めないと。そのためには秋山さんの力が必要なんです。あなたは俺より周りを見てきてる。俺はあなたに何でも話しますから、見誤っていたら教えてほしいんです」

そうなのだ。今までも様々な事情で廃業していった同業者を多く知っている。俺のところは父のおかげで借金が少ないぶん楽だが、それでも油断してたら足元をすくわれる。

「・・努力する。その謙虚さも意外だよ」
「え?そんなに生意気そうですか?俺」
「いや、違う。君みたいに素直にはなかなかなれないもんだよ。皆つまらない虚勢を張って生きてるだろ?男なんか特にね」
「秋山さんも?」
「・・うん。そうだね・・」

ホームセンターの大きな看板が見えてきて、秋山さんに右折するようお願いした。
俺が知ってる秋山さんはまだ少しだけだ。その中で何か嘘があるとは思えないのだが。

「俺はあなたの力を信じてます」
「うん。ありがとう。期待に応えたいと思ってるよ」

そのあと秋山さんはとりあえず俺の期待に応えるべく、平日の閑散とした駐車場で車を止める練習を数回してくれた。

更新日:2014-05-20 16:41:21

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