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俺がどうすべきか悩んでいると、その映像が靄がかかったように見えにくくなって来た。

次に見えたのは鳥居だった。
でもいつも見てる、塗料が剥がれかけた小さな鳥居じゃない。
黒い大きな鳥居だ。それがいくつも連なっていて、その道の真ん中に俺は立っていた。

この鳥居が連なる光景はテレビで見たことがある。けどあれは朱色の鳥居で、もっと小さかったはずだ。
この黒い鳥居は一つ一つがとても大きい。
俺はその自分の背丈の何倍もある大きな鳥居を下から見上げている。

視線を少しずつ下げていっても、ずっと向こう側へ続く鳥居しか見えない。まっすぐに続く道は、途中から靄にかかって見えなくなっていた。下は淡く光る白い石畳だ。石の上に直接立っているのになぜだろう?冷たい感覚はまったくない。

霧のようなものが裸足の足元を通り過ぎていく。山の頂上、雲の上に立っているような感覚があった。俺は実際に登ったことがないからわからないけど、たぶんこんな感じだろうと思った。
その石畳に照らされた黒い鳥居の周りは暗闇だ。隙間を見てもまったく何も見えない。本当に漆黒の暗闇だった。

「あの」
誰かに声をかけられて驚いてそちらを見ると、そこには50代くらいの細身の男が立っている。
「どっちに行ったら良いんですか?」
「え?」
自分の声がはっきり出ることに驚いた。俺はまだ夢から覚めていないはずだ。これが現実の世界ではないことも何故かはっきりとわかった。

「・・・何故俺に聞くんですか?」
「あなたが誘ったんじゃないですか」
「・・・もしかして佐藤さん?」
「はい」
そう言って彼は不審そうな目で俺を見た。服装を見ると、彼は白い料理人のような制服を来ている。

俺は彼から目を逸らし、左右の道を見比べてみた。どうやら俺が彼をここに連れて来たらしいのだが、誘っておいてなんだけどここがどこなのか、俺にもまったくわからない。左右どちらも同じように見える。
だが左の道の少し向こうに黒いものが見えた。目を凝らしてそれを見つめると、どうやら猫のようだ。

「・・・っこっちです」
俺はゆっくりとその猫のいる方へ歩き出した。たぶんあってるはずだ。理由はわからないけど、なぜか確信が持てる。
佐藤さんが俺の少し後からついて来た。

すると、ずっと遠くにいると思っていた猫が突然大きくなった。気付けばすぐ前を歩いてる、と思ったらまた小さくなって遠くに見えた。

何だろう。
“何かが”不安定だった。

少し不安になるが、迷ったって仕方ない。俺がどうこう出来ることじゃない。
猫も同じ方向に向かっているのは確かだ。それだけは間違ってないはずだ。

真っ直ぐなその道をただひたすらに歩いて行くと、周囲が明るくなってきた。連なる鳥居の隙間から何かキラッと光ったので、歩きながら覗き見ると川だった。

その川は今歩いてるところよりずっと下の方を流れている。小さく船が見えるが、人の影までは見えない。
と言うことはこの道が地上よりずっと上の方にあると言うことだ。
視線を前に戻すと、前方が明るくなっていた。真っ黒だった鳥居が少しずつ朱色に変わっている。

その時前を歩いていた黒猫が突然歩みを止めた。それを見て、なんとなく俺もここから先には行ってはいけない気がして、その後ろで足を止めた。
黒猫が横にいた佐藤さんを見る。
すると彼は一人で歩き出した。

きっとここでこの人とはさよならだろう。なぜだかわからないが、俺は彼をもっと楽な世界へ案内出来たのだ。

どうか安らかに・・と俺は心で祈った。
すると、数歩行ったところで佐藤さんが俺を振り返って言った。
「酒・・・」
「・・・・」
「毎朝、酒を飲ましてくれますか?」
「っ・・・」
胸に熱いものがこみ上げる。
「っはい、秋山さんに伝えますっ」
俺が泣きそうな顔で強く頷くと、佐藤さんは優しい顔で笑った。

佐藤さんが真っ直ぐに朱色の鳥居の方へ歩いて行く。涙のせいでボヤけた視界を瞬きをしながら、祈るような気持ちで見つめた。
頬に涙が流れる。泣いたのは、父を亡くした一年前以来だった。

「ナー」
佐藤さんを見送っていると、前にいた黒猫が俺を見て鳴いた。猫は俺の横をするりと通り過ぎて、来た道を戻って行く。

・・・この猫について行けば帰れるのだろうか?
先ほど佐藤さんを案内した時と違ってなぜか不安感が強かった。
でも佐藤さんが行った方には行けないから戻るしかないのだ。

更新日:2014-05-17 19:57:54

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