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「そのあと女将さんのところを訪ねてみたんですけど、結局嗜好品はわからなかったんです」
「え・・そうなんですか?甘いものとか、酒とか」
「はい、全然」

秋山さんがペンションに戻って来て、ちょうど腹が減った俺たちはすぐに関田さんの定食屋に来た。
俺は秋山さんの仕入れて来た話に耳を傾けて聞いているところだ。結局嗜好品はわからなかったけど、包丁に憑いている人は佐藤さんって人で、どんな人だったのかはなんとなくわかった。

「俺思うんですけど、そうゆうの全部我慢して来た人なんだと思うんです。きっと好きなものはあったはずなんだけど、それを自分で認めないようにしたり」
「ええ?そんな・・」
秋山さんの推理に俺は言葉を失った。確かに子育てと仕事で忙しく、自分が楽しむ余裕なんてなかったのかもしれないが・・。その忍耐強さは俺にはとても理解出来ない。

「それくらい自分を追い込んで、やるべきことだけを真っ直ぐにやって来た人なのかもしれません。女将さんがあと一歩と言うところで病気のせいで花板になれなかったと言ってましたけど・・あの、花板ってわかります?」
「いや、全然」
「親方って言えば良いかな?料理長?てっぺんです」
「ああ、なるほど」
「その無念が成仏出来ない理由なんじゃないかって。佐藤さんの勤めていた店の花板なんてそうそうなれるもんじゃないんです。努力したところで必ずなれるとは言えないくらい、難しい。けど佐藤さんはなれる人だったんです。それは凄いことなんですよ」
秋山さんは興奮気味にそう言った。

「へー・・もう料理一色の人生だったってことですね」
「たぶんね」
「すげぇな・・」
俺はそう呟いて煙草を咥えた。
秋山さんですら凄いと思うのに、佐藤さんて人はその上を行く人なのか・・。
料理の世界って超厳しいんだな、と俺は漠然と思った。

「おめえの親父だって頑張ってたぜ?」
黙って話を聞いていた関田さんが、ふと俺に言った。確かに母を早くになくしたと言うところは同じだが、その佐藤さんって人と違って、俺が20歳の時まで母ちゃんは生きてた訳だし、父ちゃんと佐藤さんは比べられないだろうと思った。

「父ちゃんがこっそりスナック香に通ってたの知ってたぜ?しかも酒代、食費減らしてでも捻出しようとしやがったからな」
そう、俺の父ちゃんはそうゆう奴だ。欲望に忠実だった。夏が来るたび「だからこの仕事は辞めらんねーんだ」と言って、鼻の下を伸ばして水着を着た女の子達をニヤニヤ見ているような変態親父だった。

「ハハハっそういや、そうだ。唯さんに内緒でな、あれだろ?親父は夢でしょっちゅう説教されてたらしいじゃねえか?」
「え?何それ?」
「知らねぇのか?親父が古いお守りみてえの持ってただろ?あれと唯さんの形見を一緒に持って寝ると、夢で会えるんだって言ってたぜ?だからよ、女遊びした日は怖くて持てねえってよ、ハハハハっ」
関田さんが笑っている間、俺はふと一つの可能性を考えていた。

「もしかして、それと包丁持って寝れば、佐藤さんに会えるかも」
「え?大丈夫ですか?危なくないんですか?」
秋山さんが怪訝そうな顔で言った。
「あー・・けどそのお守り持ってれば平気じゃないっすかね」
「そうなんですか?」
「試しにやってみようかな」
「・・・」
秋山さんが心配そうに俺を見る。

「もしなんか異変があったら櫂んとこに連絡して下さい」
確かに取り憑かれる危険もある。軽い気持ちでこんなことしない方が良い。でも直接聞くしか方法はないのだ。
それに父ちゃんが守ってくれそうな気がするのだ。そのお守りは母の形見の指輪と共に、今も仏壇に大事にしまってあった。

父が昔から持っていたそのどこにでもあるようなお守りは、とても力が強い。俺にはなんとなくだがわかるのだ。櫂の婆ちゃんのオーラのような、そうゆう類のものだ。だからもしかしたら上手くいくかもしれないと俺は思った。

更新日:2014-05-13 07:02:13

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