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「ふっ・・・」
俺は不敵に口角を片方上げた。

櫂の神社の周辺には霊が多い。
いつもふざけて俺の体を通り抜けて行く奴らが、今日は遠巻きに見ている。もちろん普通に通り過ぎる人たちもだが。

「どうっすか?効果のほどは?」
「悪くねぇ」
「見えなくなるんですか?」
「いや、見えるは見えるけど近寄って来ないんすよ」
「それってその包丁のせいじゃなくて?」
櫂の一言で俺の期待が砕かれた。
「・・・・わかんね」

確かに包丁に憑いてる奴が強い霊なら、遠巻きに見るかもしれない。その辺の奴らの事情はよくわからない。
「試しにこの手を離してみたら良いんじゃないですか?」
「ああ、そっか」
秋山さんに言われて、繋いでいた手を離してみた。

「・・・・」
「どうです?」
「うーん・・やっぱ気のせいだっ、うわあっ」
足を何かに掴まれ、たたらを踏んだ。見ると地面から手が伸びて俺の足首を掴んでいる。
「どうしました?!」
「足っ足っ掴まれてるっ」
必死に離そうと振ってみるが、痺れて上手くいかない。その時秋山さんが屈んで、俺の足首を掴んだ。その霊の手の上からがっつり掴んでいる。
大丈夫なんだろうか?!
乗り移ったりしたらどうしようと思っていると、ふっと足が軽くなって見ると霊の手は消えていた。

「大丈夫?」
「あんたこそ大丈夫か?!寒気がするとかない?」
俺の心配よりも自分のことだろと思って、自由になった足で秋山さんの方を向いて聞いた。
「え?全然?」
「・・すげぇ。あんた無敵だな」
「ハハ・・見えないものに勝ってもねえ」
そう言って秋山さんは太い眉尻を下げて笑った。

羨ましかった。
なんで俺もこの人みたいに普通に生まれなかったんだろうと思って、少しだけ悲しくなった。

「誰かと思ったらちー坊じゃないか」
「ちわす」
襖を開けて入って来た櫂の婆ちゃんは相変わらず元気そうだ。歳をとってだんだん小さくなって行く気がするが、発せられる独特なオーラは変わらない。

「どうした?また憑かれたか?」
「まだ、です。その前に連れて来たから」
秋山さんが黒いケースを婆ちゃんの前に置いた。
「んん?中身は?」
「包丁です」
「こりゃまた難儀なもん持って来たなぁ。開けてみぃ?」
婆ちゃんに言われて、秋山さんがケースに手をかけて開いた。櫂の婆ちゃんはその包丁をジッと見つめて言った。
「孤独な人だねぇ・・・」
「孤独?」
「ああ、同情すんじゃないよ?」
「・・わかってる」
婆ちゃんに何度も繰り返し言われてることだ。俺は同情すると余計に憑かれやすくなるらしい。

「あんたこの人を知ってるのかい?」
「・・いえ、これを譲ってくれた人はまだ健在です。確かその人の恩師から譲られたものだと聞いてます」
「たぶんその人だろうね。あんたに宿題を出すよ、良いかい?」
「・・宿題?」
秋山さんがキョトンとしている。そりゃそうだ。宿題なんて子供じゃあるまいし。頼むから妙なことは言ってくれるなと、俺は婆ちゃんを睨んだ。

「ああ、そうだ。あんた一人でやるんだ。この人が誰なのか、嗜好品がなんなのか調べておいで。ちー坊は連れてくんじゃないよ?あんたは多少同情したところで、そう簡単に取り憑かれたりしないから言うんだ」
「・・はい。わかりました」
そんな面倒なこと・・大丈夫か?これで嫌になってやっぱり今回の話はなかったことに、とかなったら俺マジ泣くし・・!

「なあ婆ちゃん、なんで秋山さんは取り憑かれねぇの?」
櫂が不思議そうに聞いた。
「たぶんだけどね、ご先祖様のおかげさね。強いお方がいらっしゃるんじゃないかい?」
「・・強いかどうかはわかりませんが、先祖は代々薬屋だったと聞いてます」
「・・・なるほど。その時代では感謝される良い仕事だからね。今じゃ効いて当たり前だけど・・」
「そうかもしれません」
「ご先祖は大事にするんだよ?」
「はい」
「その宿題が済んだら浄霊してあげるよ。この人は頑固なだけでそんなに悪いもんじゃない。心配いらないよ」
俺はとりあえず婆ちゃんのその一言を聞いて、安心して胸を撫で下ろした。

更新日:2014-05-10 07:32:30

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