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CHAPTER3.■CRIMSON■

 その日の全ての授業が終了し、生徒達は各自担当の場所に散らばる。詠(さがみ)小では、授業を終えてから学校内の清掃が行われ、帰りになるのだ。
神楽の班は教室に当たっていた。まぁ、神楽にとっては何処の掃除も気分良くできるものではないのだが。掃除自体は嫌いじゃない。問題は班員・・言わずも知れたことだ。

〝宣戦布告〟からの数時間後。神楽に対する諒の目つきは今まで以上に冷たいものになっていた。その理由を、神楽は知らない。でも、何か今までより教室の空気が悪くなっているというのは、神楽でも感じ取れるものがあった。今ここに、駆瑠はいない。職員室に教科書をもらいにいっているところだ。助けは今、ここにいない―。
「姫野君、バケツ取ってくれない?」
 少女に頼まれた。嫌な予感・・・が、逆らうこともできず少女の許(もと)へバケツを運ぶ。

ガシャン!!

「・・・っ!?」
 諒の持つホウキが、足元を邪魔した。それにつっかえて、神楽はすっ転んだ。
「・・・」
 バケツが大きな音を立てて、床に叩きつけられた。中に入っていた水が床に広がり、床は小さな水溜りと化した。手と膝に、冷たい水の感触がした。
「何やってんのー姫野君・・」
 周りの生徒は神楽を睨んだ。罵詈雑言が飛び交っている。

 もう、慣れた。こんなことはほぼ毎日、今まであった。わざと足を絡まれ、転んだ。全員分のノートを運んでいる時にも。ノートは床に散らばった。罵詈雑言が飛んだ。その場にいた誰もが、自分を中傷した。でも仕方がないと、諦めた。机には酷い言葉が落書きされ、時々持ち物がなくなった。ゴミ箱に入っていたり、薄汚れて下駄箱の上に乗っていたり・・。鞄に草や石が、知らぬ間に紛れ込んでいたこともあった。
心に何か刃物のようなズキン、という痛みが走ったが、それを押し込んだ。
毎日。毎日・・・。

「ゴメン・・すぐ・・・片付けるから・・・・・」
 胸が痛む。泣きそうだ。それを無理やり振り払うようにして、立ち上がる。雑巾で床を拭き、水をくみ直して床に置く。
「姫野はやんなくていい。『邪魔なだけ』だから」
 諒は冷えた目で楽に言い捨てた。
「うん、ゴメンね・・」
・・・その一言で、限界が、きた。何食わぬ顔で、普通の歩幅で、教室を出た。廊下を早足で歩いて階段を上がった。無我夢中で。何も、考えずに・・・・・・・・・・。
 
「失礼しました~」
声と共に、ドアを閉める駆瑠。
「お・・重いんですけどこれ・・・・・」
 持参した布袋を必死に持ち上げる。
「めんどくさ・・引きずるか」
 そう言って袋を下ろした途端、数メートル先に神楽が立っていた。
「・・・神楽?」
「・・・・・・・」
 何も、言わない。黙って、俯いて、突っ立っているだけで。駆瑠は荷物を床に放って、神楽の方に駆け寄る。

・・・・・泣いていた。

「神楽・・どうした・・?」
「・・ゴメン・・・かける・・」
「・・・?」
 手で、顔を拭う。
「ゴメンかける・・おれ・・・もう疲れたよ・・」

その空間だけ切り取られたかのようだった。周りに生徒や教師がいたが、誰も気に止めなかった。気づいていない。神楽は嗚咽(おえつ)をこらえていた。〝周りが騒ぐ〟というのが、何より嫌いだから・・・気づかれないように・・顔だけは涙でぐちゃぐちゃにした。
 駆瑠は楽の腕をつかんで、人のいない近くの教室に移動した。周りに人がいなくなって安心したのか、神楽は爆発したかのように泣きじゃくった。

 駆瑠は、何も言えなかった。

更新日:2019-09-12 11:36:53

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