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第一章

 広いくせに狭苦しく感じる店内。地下にあるバーの中は窓もなく換気も悪く、煙草の煙が充満いている。澱んだ空気が、薄暗い店内の視界を妨げていた。何処かに照明があるとは解っていても、暗闇じゃないのが不思議な感じだ。ぼやけた視界の中に、呑んだくれた若者が溢れていてゴチャゴチャしている。そんな店内の隅のテーブルで、俺は硬くて座り心地が悪いソファーに座って酒を呷っていた。
 俺は店内でも広いスペースを独り占めしている状態だった。賑やかな中に独りポツンと取り残されている。他の同じようなボックス席に目をやると、いかにも金持ちそうな男客の周りに女が群がっていた。今日の獲物を狙っている女たち。俺はVIP席にいるのに、女に誘われるとこともなければ、誰かが近寄って来ることもない。たまに店主が、酒のボトルを届けに来るだけだった。
 若い店主。といっても俺より年上なのは間違いない。そんな奴が腫れ物でも触るようにビクビクしながら話しかけてくる。別に俺が怖いわけじゃないんだろうが、対応に困っているのが伝わってくる。突然、俺みたいな若造が「上司」だと言われたって困惑するよな。しかし、ここらあたりのシマで俺を知らないギャングスターはいなくなっていた。だから、店主は商売女を俺の元へはよこさない。男はもっと寄ってこない。
 店内は客で溢れている。商売繁盛ってとこだが、ここの本業は更に地下にある隠し部屋だった。一般客の入れない洒落た高級バーの方が、ここの本業だ。末端組織の連中が上層部からの指示を受ける場所だった。サムがそのために経営していると、J.Kが教えてくれた。
 呑んだくれて騒いでいる一般客の中に紛れた、ギャングスターの姿を見つける。俺に気付いて軽く会釈してくる。そんなに畏まられても、俺はまだ何もしていないんだが。
 毎日のようにサムに与えられたシマの見回りをする。思ったより広範囲なので結構めげる。俺はJ.Kに連れまわされているだけなんだが、誰もが俺に畏まった態度を見せる。俺は「サムの部下」としては見られていないんだろうな。それは、J.Kが悪い。
 今日、J.Kは下の高級バーのほうで仕事があったらしい。危険な仕事だから、と言って、俺はここに置き去りにされた。護衛のウォリアーたちが店内をうろついているが、俺の傍には寄ってこない。一人で呑んでいても退屈なんだ。護衛の奴でもいいから、一緒に呑んでくれると嬉しいんだが。ジッとしているのにも飽きて思いっきり背伸びをすると、護衛の奴に睨まれた。失礼、気は抜かないようにするから許してくれ。
 俺の背伸びが合図だったかのように、目の前に人が立っていた。護衛のウォリアーが視線を反らしながらも、他の客の流れに乗るように近づいて来ている。

更新日:2014-03-18 00:34:36

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