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Introductory

 鄙びた田舎街にカフェテラスがあった。煙草を買いに行った帰り道、俺はそのカフェテラスに気付いた。昨日までなかったような気がする。そんなことはないんだろうが、そう思えるぐらい突然そこはカフェテラスだった。正確には、この間までつぶれたレストランの建物が、寂れた街外れに残されていたはずだった。外観はそのままで、新しい看板を置いただけ。新装オープンしたばかりのようだが、今にもつぶれそうだ。
 砂漠に囲まれたサボテンだらけの赤茶けた風景の中に、ポツンと建っているトレーラーハウスのような建物。コーヒーという文字のある真新しい看板がなければ、営業しているとも思えない。でも看板の前を通ると、都会のダウンタウンの風景を切り取って持ってきたようなお洒落なコーヒーの香りがしていた。歩いていても足を止めてしまうぐらいの香り。それだけで、かなり苦いコーヒーを飲まされた気分がする。商売をする気があるのだろうか。経営者の神経を疑う。
 でも俺は、一ヶ月前にナイフで刺された腹の傷が痛くなっていたし、歩いていた道の向こうに、今は会いたくない喧嘩相手が群れを成していたし、足を止めたついでに新装オープンしたばかりのカフェテラスに入ることにした。
 ドアについたベルの音と一緒に店内に入ると、俺の顔を見てあからさまに驚いた顔をした青年が、カウンターの中に突っ立っている。異様な光を秘めている、ぎょろ目が印象的な青年。そのコーヒーと同じ色をした瞳が俺を見詰めている。整えられた髭面がよく似あっていて、西部劇にでてくギャングのボスみたいだった。見た目には少し怖い感じもする。背が高くて体格もいいし、男としては羨ましいタイプだ。黒いTシャツにジーンズというラフな格好だが、短く切り揃えられたダークブラウンの髪と白いエプロンに清潔感があった。
 俺はというと、ヨレヨレの薄汚れた色のTシャツを着ていて、ジーンズも喧嘩してついた血の跡が染みになっている。浮浪者と間違われるような格好だ。ボサボサに伸ばした前髪で無精髭だらけの汚い顔を隠すようにしているが、色の薄い金髪碧眼の上に童顔だからガキだってバレバレなのは解っていた。でもガキがコーヒーを飲んじゃ悪いってことはない。
 青年もそう思ったのか、驚きの表情を笑顔に変える。落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる二十代後半ぐらいの好青年が、真面目そうな礼儀正しい物腰で俺をカウンター席に案内してくれた。俺みたいな見た目にも汚い怪しい奴は、揉め事のもとだし、不衛生だとか理由をつけて追い出されることもあるが、ここのカフェテラスの青年は嫌そうな顔一つ見せなかった。度胸があるか、ただの無神経か、どちらかだろう。
 見た目にはどこか近寄りがたい風格さえ感じさせるのに、表情と物腰で好感が持てる。青年は出会った初日から、懐っこい丸い目で俺を見ていた。妙に懐かれて変な気もしたが、悪い気はしない。俺が出会ったのは、そんな男のはずだった。

更新日:2014-03-18 00:15:12

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