• 2 / 12 ページ
「な、なんか……ちょっと勇気わくな……」
「言ったれ言ったれ!」
「大丈夫かな?」
「大丈夫、葉月可愛いし」
乗せられ褒められ持ち上げられて調子に乗るのは、あたしの悪い癖だ。
そんなことがあった日の昼休み、あたしと大谷は約束通り学食にいた。一番安いカレーをおごっていただいてぱくついていると、大谷はそんなあたしの正面に座って同じくカレーを頬張りながら笑う。
「誰も盗りゃしねーだろ」
「ん?」
「そんながっつかなくても」
「んー」
にっこり笑ってみせる。すると大谷も笑う。
あたしが何か食べていると皆楽しそうにしてくれる。だから、大谷もきっと今楽しいのだろう。朝の皆の冷やかしが頭によみがえる。
もしかして、これってイケるのかな。大谷だってあたしと絡んで実はまんざらでもないのでは? じゃなきゃ、ご飯一緒に食べたりしないだろうし。
考えれば考えるほど大谷の思わせぶりな態度はあたしに自信をつけさせていく。ちらっと盗み見ると、大谷は食事中だと言うのにスマホをいじっていた。
「大谷、ご飯の時くらいケータイやめなよ」
「おう。ワリ」
「ご飯はご飯に集中しなきゃ!」
「さすがデブは意識たけぇ」
これほんとにいけんのか?
ちょっと疑問に思いつつも、あたしは皆のマスコット的存在であることを思い出す。マスコットに好意を寄せられて嫌な奴はいないだろう。こんな可愛いマスコットなら尚更だ。
食べ終わって、あたしと大谷は席を立ち食器を返却して、教室の棟に戻るまで一緒に行くことになった。
並んで歩きながら、大谷マジででかいな、と思う。あたしが百五十一センチと小さめなのもあるけど、大谷はたぶん百八十はくだらないと思う。体つきも細くはないし、あと、姿勢がとてもいいので余計大きく見える。
「ねえ、大谷」
「ん?」
「……あたしがさあ」
「うん」
「好きって言ったらどうする?」
「……」
大谷の、切れ長な一重の目がちらりとあたしを捉えた。遠慮なくまじまじと見られ、ちょっと居心地が悪い。もじもじしていると、大谷がぽつんと言った。
「それは、南野が俺をってこと?」
「う、うん」
「マジで言ってる?」
「うん」
なんだか軽い感じで言ってみせたはずなのに真面目に捉えられてしまったようだ。あたしとしては、ノリでそのまま付き合っちゃう、みたいなのがよかったんだけど。
廊下を歩いていた大谷が、歩みを止める。あたしも止めて、なんだかすさまじく真剣な雰囲気になる。大谷の手が伸びてきて、あたしの頬に触れた。え、いきなり!?
「いたっ」
と思っていたら、頬に触れた大谷の指が突然あたしの頬肉をつねった。
「俺、デブ嫌いなんだわ」
え、今なんと……?
「正確には、デブになるべくしてなったデブ」
「……」
「太ってるのを正当化して痩せようと努力もしないデブが嫌い」
正直言おう。正直、友達にそそのかされて調子に乗ってた。葉月ならイケる、と言われてそんな気もしてた。フラれるという仮定はほとんどしてなかった。だからと言うかでもと言うか……これはなくない?
「友達レベルなら別にって感じだけど、彼女にはしたくない」
「……」
この人は、本人を目の前にして何を言っているのだろう。デブが嫌いと、はっきり申しましたね。しかもそんな曇りなき真剣な眼で。
あたしが声も出せずにいるのをどう取ったのか知らないが、大谷はさらに言い募る。
「そういうわけだから。努力しないデブは嫌い」
「……」
言いたいことをすべて言ったのか、大谷はすっきりしたような顔で廊下を再び歩いていく。あたしがついてきていないことなど気にもしていないようだ。一方のあたしは、その場に糊で貼りつけられたように動けなくなっていた。
しばらくして、大谷の背中も廊下の向こうに消え去ったあと、あたしはようやく教室に向かって歩き出す。よほど顔色が悪かったのか教室に入った途端、あたしに気付いたクラスメイトが声をかけてきた。
「葉月、どしたの?」
「……」
「おっ、葉月ー、ちゃんと大谷に告ってきたのー?」
「……」
「葉月?」
黙って自分の席にすとっと座る。サチカやほかの友達が少し集まってきて、あたしの様子に戸惑いを見せている。あたしは、まだ「告白したのかしてないのか」とうるさい男子が机の前にきたところで、勢いよく机上を両手のひらで叩いた。
「うおっ」
「あたしっ!」
突然の音に、教室がしんと静まり返った。
「あたしっ、ダイエットする!」
悔しかった。大谷の言ったことが全部図星で、あたしは今まで好きなものは全然我慢しないで食べていて運動は苦手だから体育の授業で楽にやるくらいしかやっていなかったし、努力とか汗水たらすのとか正直格好悪いと思ってた。それにデブでも愛嬌のある可愛い女の子であることにあぐらをかいていたのは間違いない。

更新日:2014-03-01 20:35:51

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook